2026.08.04
コーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)の概要と留意点
のぞみ総合法律事務所
弁護士 川西 風人
1 はじめに
2026年7月21日、金融庁と東京証券取引所は、「コーポレートガバナンス・コード(2026年改訂版)の確定について」を公表し、前回の改訂から5年ぶりとなる、コーポレートガバナンス・コードの3度目の改訂版(以下「改訂版コード」という。)が確定した[1]。
今回の改訂では、コーポレートガバナンス改革の一定の進捗が見られる一方、形式的な対応にとどまっているといった指摘等を受け、「コードの実質化」を狙いとして、コード策定時のプリンシプルベースの精神に立ち返り、コード全体についてシンプルな形へと再整理がなされた。
具体的には、各社が自社の置かれた状況に応じて各原則の趣旨・精神に沿った実践を行うことを期待して、原則の内容は、抽象的かつ概念的なものに限定された。また、これまで「コンプライ・オア・エクスプレイン」の対象であった原則及び補充原則のうち重要性の高いものは原則とした上で補充原則というカテゴリーを廃止し、各原則の実効的な実施を支援するための具体的な内容や趣旨・背景は、「コンプライ・オア・エクスプレイン」を要しない「解釈指針」として整理された[2]。もっとも、プリンシプル化・スリム化は、対応コストや開示負担の軽減のみを意図したものではなく、削除された補充原則について、重要性が失われたと考えることは適切ではないとされている点には留意が必要である。
上記のとおり、本改訂は、基本的には従前の内容の再整理が中心であるが、今般の改訂において追加・強化された事項として、①成長投資の促進、②取締役会の機能強化及び③有価証券報告書の定時株主総会前の開示があげられることから(金融庁・東京証券取引所公表の2026年7月21日付け「成長投資の促進に向けたコーポレートガバナンス・コードの改訂について」)、以下、その具体的な改訂の内容について説明する。
なお、上場会社は、遅くとも2027年7月末日までに、改訂版コードに沿ったCG報告書を提出することが必要となる。
2.成長投資の促進
(1) 改訂版コードにおいては、取締役会の役割・責務として、成長投資等に向けた以下のような取組みの重要性を明記している。
①会社の目指すところに向けた成長の道筋を構築すべきこと(原則4-1)
②成長の実現に向けて成長投資(設備・研究開発・人的資本・知的財産等の 無形資産への投資等)や事業ポートフォリオの見直し等の経営資源の配分に関し具体的に何を実行するのかを説明すべきこと(原則4-1)
③自社の経営資源の配分が、成長の実現を目指して策定・公表した経営戦略や経営計画に照らし適切なものとなっているかについて不断に検証を行うべきであること(原則4-2(2))
(2) 原則4-1では、企業がその経営理念等に向けた成長の道筋をいわばストーリーとして構築し、それを踏まえた経営戦略・経営計画を策定した上で、その実現に向けた成長投資や事業ポートフォリオの見直し等の経営資源の配分に関する検討を行うことが求められている。
そして、その解釈指針においては、上記①・②のような成長投資等に向けた取組みに際し、投資先を検討するにあたっては、以下のような多様な投資機会があることを十分認識すべきであることが指摘されている。
- 投資対象を自社の内部に求めるのか(設備・研究開発・人的資本・知的財産等の無形資産への投資等)、外部に求めるのか(M&A・業務提携・スタートアップ出資への投資等)といった観点
- 短期・中長期といった観点
- 国内投資(地方への人的投資・地方拠点の整備等)、国外投資といった観点
解釈指針におけるこのような指摘は、持続的な成長の実現に向けた経営資源の配分や事業ポートフォリオの最適化を志向するに際し、多様な投資機会があることを認識することが重要である等とした「コーポレートガバナンス改革の実質化に向けたアクション・プログラム2025」の指摘を踏まえ、多様な投資機会の具体例や観点、無形資産への投資の重要性を示したものと理解される[3]。なお、解釈指針では、知的財産等の無形資産への投資については、競争力や企業価値向上の源泉であることを踏まえ、その創出・取得・強化・保護・収益化に戦略的に取り組むべきであるとされており、近く内閣府から企業に対し知的財産やブランドといった無形資産への投資状況を開示するよう要請がなされる旨も報じられている[4]。
(3) また、原則4-2(2)では、「自社の経営資源の配分が、成長の実現を目指して策定・公表した経営戦略や経営計画に照らし適切なものとなっているかについて不断に検証を行うべきである」とした上、その解釈指針において、検証の内容として、「現預金等の金融資産や実物資産等の経営資源を成長投資等に有効活用できているかを含め」ることとされている。
もっとも、当該解釈指針は、必ずしも投資に活用しない余剰資金について株主還元に活用すべきということを意味するわけではない[5]。現預金を含めたこれらの資産を保有することは常に否定されるべきものではなく、会社が保有の必要性・合理性を説明できる限りにおいて、適正な水準の現預金等を保有することも経営資源の配分の一環として考えられることに留意が必要であるとされている(前掲「成長投資の促進に向けたコーポレートガバナンス・コードの改訂について」2頁)。そのため、今後は、経営資源の配分という観点から、当該上場会社の保有する現預金等が適正な水準といえるか等について、より一層の説明が求められることになろう。
3.取締役会の機能強化
(1) 改訂版コードでは、取締役会における独立社外取締役が占める割合が増加し、独立社外取締役の主たる役割・責務である監督機能をより効果的に果たすための環境が整いつつあることも踏まえ、特に独立社外取締役の実効性向上に向け、独立社外取締役の果たすべき役割・責務、質・数の確保、独立性確保の重要性が強調されている(原則4-8から原則4-12)。
パブリックコメントでは、「数」の点について、過半数を求めるべきとの意見もあったが、これに対する回答では、有識者会議において、より高い水準(数・割合)での独立社外取締役の選任を求めるべきではないかとの意見もあった一方、人数も重要であるが独立社外取締役の質の確保も重要であるといった趣旨の指摘がなされたことなどを踏まえ、本改訂では、改訂前コードで求められていた水準を引き上げることはせずに、独立社外取締役の実効性向上に向け、独立社外取締役の果たすべき役割・責務、質・数の確保、独立性確保の重要性を改めて強調することとした旨の説明がなされている。改訂版コードでは、独立社外取締役の「質」の確保が独立した原則として整理されており(原則4-9)、単なる数合わせよりも、実質を重視していることがうかがえる。
また、支配株主を有するプライム市場上場会社は取締役会において支配株主からの独立性を有する独立社外取締役を少なくとも過半数(支配株主を有するその他の市場の上場会社においては3分の1以上)選任すべきであること等を定める原則4-10の解釈指針において、支配株主には該当しないものの実質的な支配力を持つ株主を有する上場会社も、本原則の趣旨に沿った対応を採ることが望ましいとの記載が追記されている点も留意が必要である。
(2) 原則4-14(3)では、「上場会社は、取締役会を支える部署等の人員面を含む取締役・監査役の支援体制を整えるべきである」とされ、その解釈指針において、議長や独立社外取締役を含めた取締役を支援する重要な役割を果たす事務局(コーポレートセクレタリー等)の機能強化を推進すべき旨が追記されたことも注目される。
同解釈指針は、このような取締役会事務局について、単なる取締役会の事務方としての役割のみならず、取締役会やその傘下の各委員会の会議体が実効性ある議論の場となるよう、当該会議体の果たすべき役割・責務に照らし適切な審議事項を定めるなど、それらの運営を能動的に行うことが望ましく、また、必要に応じて、社外取締役・社外監査役の指示を受けて会社の情報を適確に提供できるよう社内との連絡・調整にあたる役割を担うことも期待されると言及する。なお、独立社外取締役が議長を務める場合や、取締役会における社外取締役が占める割合が高い場合には、取締役会事務局が果たす機能が特に大きくなると考えられるとの指摘もなされている。
金融庁は、改訂版コードの公表と同日、「取締役会の機能強化の取組に関する事例集2026」を公表しており、取締役会事務局の組織・体制・役割などに関する取組事例なども含めて各社の取組が紹介されており、参考になる。
(3) 原則4-4では、「取締役会は、内部統制や全社的リスク管理体制を適切に整備すべきである。」として従前の原則4-3の一部を独立の原則として切り出して、リスク管理に関する取締役会の責任が強調されている。
同原則の解釈指針においては、リスク管理体制を整備する際の考慮事項として、サイバーセキュリティリスク、国際的な経済安全保障を巡る環境変化等の地政学的要因によるサプライチェーン途絶リスク及び技術等の情報流出リスクへの対応等が例示列挙されている。いずれも昨今の情勢に鑑み、いつ自社において生じてもおかしくないリスク項目であるうえ、顕在化した場合には企業経営に甚大な影響を及ぼしうる事項であり、取締役会としても十分な配慮が望まれる。
4.有価証券報告書の定時株主総会前開示
原則1-2では、有価証券報告書には投資家の意思決定に有用かつ信頼性の高い情報が豊富に含まれていることから、有価証券報告書を株主総会前に提出することが株主総会における権利行使に係る適切な環境整備の重要な例として記載された。
そして、その解釈指針において、有価証券報告書は株主総会開催日の3週間以上前に提出されることが最も望ましく、選択肢として株主総会の開催時期の後ろ倒しも含めて検討することが考えられる旨も定められた。
有価証券報告書の定時株主総会前の提出については、2025年3月28日付け「株主総会前の適切な情報提供について(要請)」により、金融担当大臣から上場会社代表者に対して株主総会の前日又は数日前の提出を検討するよう要請がなされたことを受け、株主総会前に提出を行う会社が大幅に増加し、2026年3月期決算会社では全体の88.3%となり、前期に比して著しく増加(前期は57.7%)した(金融庁「2026年3月期に係る総会前開示の状況」)。もっとも、3週間以上前に提出した会社は7社のみであり、総会前開示を行った会社のうち約90%近くは7日未満前の提出にとどまっている。
この点について、金融庁は、企業負担も考慮し、現行法制下で一般化している実務運用からすると株主総会開催日の3週間以上前の開示は必ずしも容易ではないとの認識の下、法務省とも連携しつつ、法制審議会において議論されている有価証券報告書と事業報告等の一本化・会社法上の監査と金融商品取引法上の監査の一元化や、有価証券報告書の記載事項の整理といった制度的な検討も並行して進める旨、改訂版コードの序文で補足している。
有価証券報告書の定時株主総会前の提出については実務に浸透してきたところではあるが、より進んで3週間以上前の提出が定着していくのか、制度の改定も含め、今後の動向が注視される。
5.最後に
本改訂では、上記2から4のようにいくつか重要事項が新たに追加・強化されたが、従前の規定の再整理が中心であり、上場会社に求められる主な対応は、改訂版コードに沿った形でこれまでの対応事項や開示内容を整理するという作業となる。
もっとも、今般の改訂は、コード策定時のプリンシプルベースの精神に立ち返るため、「コードの実質化」を狙いとしたものであり、上場会社においては、新たに追加・強調された事項を含め、形式的にコンプライすることに終始することなく、自社の置かれた状況に応じ、各原則の趣旨・精神に沿った実践を行うことが期待される。コンプライ又はエクスプレインのいずれを選択するかが重要ではなく、自社のガバナンスの実質化を目指してどのような判断で、どのような取組みを行っているかについて丁寧に説明することが望まれる。
※本記事に関するお問合せは、執筆者である川西風人弁護士に直接ご
[1] 2026年4月10日から5月15日までパブリックコメントを実施し、147の個人・団体から意見の提出がなされたが、パブリックコメントの結果を受けて、改訂案に重要な変更が加えられた部分は特段ないものと思われる。
[2] 従前の基本原則5(株主との対話)が基本原則1(株主の権利・平等性の確保)に統合され基本原則は4つとなり、また、従前の原則(31個)と補充原則(47個)が整理され、原則は26個となった。
[3] 内田修平・奥田亮輔「コーポレートガバナンス・コード改訂の動向を踏まえた株主総会運営の留意点」(商事No2422、58頁)。
[4]「政府、知財の投資額を開示要請 企業の競争力向上狙う」日経電子版2026年7月30日
[5] 当初の改訂案では「現預金」のみが例示されていたが、現預金のみ取り上げて記載すると、過度な株主還元を助長して企業の持続的成長を阻害するおそれがあるなどとして有識者会議において複数のメンバーより反対意見が出されたことから、最終的な改訂案においては、現預金は金融資産の例示とされるにとどまった。