2024.08.26
シリーズ“法学と経営学の交錯”
「両利きのコンプライアンス」の観点から見る顧客本位の業務運営の実効的取組み
~金融業界の事例を参考に~
(その5・最終回)
のぞみ総合法律事務所
弁護士 吉田桂公
MBA(経営修士)
CIA(公認内部監査人)
CFE(公認不正検査士)
認定経営革新等支援機関
4 「両利きのコンプライアンス」を踏まえた顧客本位の取組み事例
※本稿「その4」では、「記録の戦略的活用」について解説しましたが、最終回の「その5」では、「顧客本位営業」及び「アフターフォローによる深掘り」について解説します。
(5)「顧客本位営業」
① ヒアリング力・意向把握力の向上
新規顧客開拓にあたっては、顧客の潜在ニーズを見抜くヒアリング(潜在的な顧客意向の把握)により、顧客本位の商品提案を行うことが重要です。
ヒアリング力(意向把握力)の向上のためには、営業担当者の教育・研修(ロープレ研修を含む)や、社内での営業ノウハウの共有・(営業担当者間、部署間・拠点間での)横展開[1]、個々の顧客対応の具体的内容の記録化及び同記録に基づく指導(「その4」で説明した、記録(顧客対応履歴)を残す目的の「⑤営業の進捗管理のため」)、営業ノウハウの実践マニュアル化(営業ノウハウ(暗黙知)の見える化(形式知化))が有用です。
② 商品の推奨・選別基準
金融機関では、販売窓口での販売効率を上げる等の理由で、取り扱う保険商品や投資信託等の種類・数を減らしたり、金融機関の独自の基準で推奨商品を選定したりしている例が見られます。これ自体は違法ではないものの、顧客の立場に立って、選別基準・理由が顧客にどのようなメリットをもたらすのかを真摯に検証し、その基準・理由を顧客に説明の上、顧客の理解を得ることが重要です。
他方で、取扱商品数が多いと、窓口担当者が、商品内容の理解不足から不適切な説明を行うおそれがあります。それを打破するために、商品研修の強化や商品選定フローの構築、商品選定システムの活用等を図り、窓口担当者が、幅広い商品の中から、顧客の意向・ニーズに合った商品を的確に選択することができるようになれば、顧客本位の営業となり、また、商品提案力において他社との差別化を図ることもできると思います。
上記①・②の取組みは、新規顧客開拓に貢献するものと思います。
(6)「アフターフォローによる深掘り」
商品販売後のアフターフォローにおいては、既顧客マーケットの深掘り(顧客本位の観点での商品の乗換えの提案、クロスセルの提案等)の面があります[2] [3]。これは、「購入頻度」の増加に寄与するものといえます。
例えば、何年も前に保険に加入した顧客について、現在の顧客属性や生活状況・リスク状況には当該商品が合っていないという場合があります。このようなケースで、金融機関が、現在の顧客の状況等に照らして最適な保険商品を提案すれば(新商品の提案や、ライフイベントに合わせた見直しの提案(保障の減額も含む)など)、顧客の利益になりますし、金融機関の利益にもなります。[4]
ただし、このような個々の顧客に応じたアフターフォローを行うには、CRMの取組みが重要であり、顧客属性等の詳細情報の記録化が必要となります(「その4」で説明した、記録(顧客対応履歴)を残す目的の「④マーケティングへの活用のため」)。
5 最後に
以上、金融業界における企業価値を向上させるコンプライアンスの取組みについて検討してきましたが、「両利きのコンプライアンス」の観点で顧客本位の取組みを実効的に行うには、コンプライアンス部門だけでなく、マーケティング部門や営業部門も一体となって対応するという組織横断的な取組みが必要です。これは、他業界においても、同様であると思います。
「両利きのコンプライアンス」という考え方を通じて、コンプライアンスを企業価値の毀損防止の観点だけでなく、企業価値向上の観点も含めて捉え直すことで、営業現場において、コンプライアンスに対する姿勢が、「やらなくてはならないもの」から「やりたいもの」へ変わることを願ってやみません。
以上
[1] なお、例えば、特別ボーナス等のインセンティブの付与を、営業担当者個人単位や部署単位・拠点単位で行うと、営業ノウハウの囲い込みがなされ、横展開が進まないおそれがあります。そこで、横展開を促進するために、こうしたインセンティブの付与を全社単位で行う、また、部署間での連携により取引成約に至った場合には、管理会計上、両部署に収益をダブルカウントする、といった仕組みを構築することが考えられます。
[2] なお、金融庁「顧客本位の業務運営に関する原則」(gensoku3.1.15.pdf (fsa.go.jp))の原則6・(注1)では、「金融商品・サービスの販売後において、顧客の意向に基づき、長期的な視点にも配慮した適切なフォローアップを行うこと」が留意点として挙げられており、フォローアップ(アフターフォロー)の重要性が問われています。
[3] このほか、例えば、為替リスク等のあるリスク性商品については、アフターフォローにおいて、為替の動向等に関するタイムリーな情報提供を行うことにより、顧客の損失回避等を図ることができるという面があります。また、損害保険におけるアフターフォローの取組みについては、「その3」のソニー損保の事例を参照。
[4] なお、このようなアフターフォローは、スイッチング・コスト(顧客が現在利用している商品・サービスから別の会社の商品・サービスに切り替える際に負担しなければならない金銭的・物理的・心理的なコスト)を高めることにもつながり、顧客との継続的な関係の強化にも寄与します。