2020.06.26

リモート授業と著作権法改正

のぞみ総合法律事務所
弁護士 安田 栄哲

 今般のコロナ禍により、小中学校等の教育機関が休校を余儀なくされ、教育の遅れをどう取り戻すかといったことが議論されています。そのような中、積極的にウェブ会議システムを利用した、遠隔地間の授業(以下「リモート授業」といいます。)を行っている学校もあります。リモート授業が可能になった背景には、本年428日に施行された著作権法第35条の改正が影響しています。以下では、当該改正内容について概説いたします。ご不明な点やご質問等がございましたら、お問い合わせフォーム(https://www.nozomisogo.gr.jp/contact)までご連絡ください。

1.改正前著作権法の内容と課題

 従来、授業は教室で生徒と対面でなされ、授業で用いられる教科書の中には他人の著作物が含まれている場合があるほか、教師が他人の著作物の一部のコピー等を配布し、教材として用いる場合もあります。
 教育において他人の優れた創作物を利用することは、創作を促すという観点から必要であるとともに、教育の充実化をもたらすものであるとして、補償金を著作権者に支払うことを条件に、公表された著作物を教科書に掲載することができることになっています(著作権法第33条)。
 また、教師が他人の著作物を教材として用いるために当該著作物をコピーすることは、著作権法上の複製(著作権法第2条第1項第15号)に該当するものの、授業の過程における使用に供する限りにおいて、原則として、複製に対する著作権者の許諾は不要であり、かつ、無償で複製することができます(著作権法第35条第1項)。
 今回の改正前の著作権法下においても、リモート授業を行う場合について、配信をする側の教室に教師と生徒が現実に対面授業を行っており、その授業の模様を他の遠隔地から別の生徒が受信して視聴・受講する形態であれば、当該授業の中で他人の著作物を用いても公衆送信権(著作権法第23条)の侵害には該当しないと考えられてきました(改正前著作権法第35条第2項)。
 しかし、以上のような形態以外のリモート授業(配信をする側に教師しか臨席していない形態)において他人の著作物を用い、その内容を公衆送信する場合には、著作権者から複製や公衆送信の許諾を得て、許諾料を支払う必要があり、そもそも権利者(元々の著作権者が死去し、相続人に著作権が分散していることもあります。)を探し出し、許諾を得る交渉に時間と手間がかかることや、利用を拒絶される場合があるなど、リモート授業の現場において円滑に著作物を利用することができないといった課題が指摘されてきました。

2.2018年著作権法改正

 そこで、上記のような課題を解決し、ICT(情報通信技術)を活用した教育の推進に資することを目的として、20185月に著作権法が改正され、学校の設置者が文化庁の指定する権利者団体(指定管理団体)に一括して補償金を支払うことで、個別の許諾を要することなく著作物を円滑に利用することができる制度(いわゆる「授業目的公衆送信補償金制度」)が創設されました。
 この制度によって、予習・復習・自宅学習用の教材をメールで送信したり、リアルタイムでのオンライン指導やオンデマンド授業において、講義映像や資料をインターネットでリアルタイムに生徒等に公衆送信することが可能になりました。
 なお、改正著作権法のうち、授業目的公衆送信補償金制度を含む教育の情報化に対応した権利制限規定以外の改正点は、201911日までに施行され、授業目的公衆送信補償金制度は、当初は、20215月までに施行することとされていました。しかし、コロナ禍によって、現実に教室に集まって行う授業実施が困難となり、教育現場においてリモート授業等のニーズが急速に高まったことを受け、施行時期を早めることとし、授業目的公衆送信補償金制度は2020428日から施行されています。なお、2020年度に限り、指定管理団体に一括して支払われる授業目的公衆送信補償金は、コロナ禍の緊急性や重要性に鑑みた指定管理団体の判断に基づき、特例として無償とされています。
 以下の資料は、改正前後の状況について、文化庁が作成した整理表ですので、適宜ご参照ください。

(著作物の教育利用に関する関係者フォーラム「改正著作権法第35条運用指針(令和2(2020)年度版)」から抜粋)

3.改正著作権法第35条の内容

 今回の著作権法改正では、公衆送信についてのみ補償金の支払義務が課されていますが、これは、従前まで無償とされてきた複製まで補償金の支払いを要することになると、教育現場に混乱が生じるためです。
 本制度を利用するにあたって、教育機関の設置者は、事前に(または利用開始後速やかに)、一般社団法人授業目的公衆送信補償金等管理協会に教育機関名の届出を行う必要があります。
 教育機関には、公立学校のほか、私立学校、専修学校や社会教育施設(博物館、図書館等)なども広く含まれますが、学習塾を含む営利目的の会社等やカルチャーセンター等は含まれません。そのため、企業の研修、セミナーなどには本条は適用されませんので、注意が必要です。
 また、受信者は、授業を受ける生徒等に限定して配信する必要があり、誰もが見られるウェブサイトへのアップロードすることはできません(例えば、動画配信サイトでは、公開範囲を「非公開」や「限定公開」に設定すれば、受信者を限定することができますので、そのような条件下でのアップロードであれば許容され得ることになります。)。本制度は、著作権法に基づき、すべての権利者の権利を制限して、一定の要件下で、許諾なく著作物を利用できることにしていますので、外国の著作物や権利者団体に加入していない著作物を利用することも可能と考えられています。
 ただし、ドリルやワークブック等、生徒が通常費用を別途支払って購入することが想定して販売されている教材を、購入等の代わりとなる態様でコピーや配信することは、「著作権者の利益を不当に害することとなる場合」に該当し、著作権者の許諾を要しますので注意が必要です。

著作権法第35条
1 学校その他の教育機関(営利を目的として設置されているものを除く。)において教育を担任する者及び授業を受ける者は、その授業の過程における利用に供することを目的とする場合には、その必要と認められる限度において、公表された著作物を複製し、若しくは公衆送信(自動公衆送信の場合にあっては、送信可能化を含む。以下この条において同じ。)を行い、又は公表された著作物であって公衆送信されるものを受信装置を用いて公に伝達することができる。ただし、当該著作物の種類及び用途並びに当該複製の部数及び当該複製、公衆送信又は伝達の態様に照らし著作権者の利益を不当に害することとなる場合は、この限りでない。
2 前項の規定により公衆送信を行う場合には、同項の教育機関を設置する者は、相当な額の補償金を著作権者に支払わなければならない。
3 前項の規定は、公表された著作物について、第1項の教育機関における授業の過程において、当該授業を直接受ける者に対して当該著作物をその原作品若しくは複製物を提供し、若しくは提示して利用する場合又は当該著作物を第38条第1項の規定により上演し、演奏し、上映し、若しくは口述して利用する場合において、当該授業が行われる場所以外の場所において当該授業を同時に受ける者に対して公衆送信を行うときには、適用しない。
                               ※下線部は今回の改正で新設された箇所

以上

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