2023.05.22

シリーズ“法学と経営学の交錯” 
企業価値向上に貢献するガバナンスの在り方
~「対話型ガバナンス」のすすめ~
(その5)

のぞみ総合法律事務所
弁護士 吉 田 桂 公
MBA(経営修士)
CIA(公認内部監査人)
CFE(公認不正検査士)

※ 「その4」では、取締役会における「対話」不足の実態と、「パーパス」の重要性について解説しましたが、「その5」では、「対話」における「傾聴」の重要性、多様性の重要性について考察します。

3 取締役会における「審議の質」の課題と「対話」の意義・効果

(4)「対話」における「傾聴」の重要性

ア  「対話」の基本は「傾聴」であり[1]、「対話」の本質は「話すこと」ではなく、「聴くこと」からはじまります[2]。「組織内の会議で行う 意思決定で『対話力』を活かしたグループダイナミクスが働く」条件の一つとして、「相手の意見に真摯に耳を傾けること」が重要となります[3]
 「傾聴」とは、「自分とは異なる他者が何を感じているかを謙虚に『聴く』姿勢」であり、「相手の言葉を聴ききる」ことが重要です。「心で思っていることは、実は相手に伝わってい」るため、「相手の話を真摯に聴く前に、あるいは聴いた瞬間に、自分自身の価値尺度をつかって『判断』」したり、「色眼鏡」をかけて、「相手がいおうとしている『何か』に集中できない」ような状態になってはいけません。すなわち、「傾聴」においては、「頭で考えて『これにはこういう意味がある』『これにはこういう価値がある(価値がない)』と判断すること」を止めること(哲学の一種である現象学では、これを「判断(の一時)停止(エポケー)」といいます。)が重要となります[4] [5]
 このように、「傾聴」を適切に行うことは、実は大変難しく、訓練が必要なものと思います。「傾聴」がなされていない会議は多いのではないでしょうか。

イ  取締役会においても、このような「傾聴」は重要です。例えば、デーヴィッドA.ナドラー他著『取締役会の改革 効果的なボードをつくるには』(春秋社、2007年7月)では、「リスニング能力に長けていることは非常に重要であり、その場の話し合いを独占してしまったり、他者の意見を引き出し耳を傾けて聴くということができない人は、すぐに他の取締役達をしらけさせてしまう」(同p.112)、「話し手に対して貢献能力のない人間だという先入観を持っていたり、あるいはその話し手が自分と反対意見の持ち主だったりするとその人の話に注意を払おうとしない取締役はけっこうたくさんいる。あまりにも初歩的なことではあるが、それでもあえて言わせていただくと、効果的な取締役会では、誰かが話をするときには全員が耳を傾けて聴くのだ」(同p.179)と述べ、取締役会における「傾聴」の重要性を説いています。
 「情動的コミュニケーション」(その3・脚注3)が働く中で、他の取締役会メンバーが判断(の一時)停止を行わない場合には、異論を出しにくくなることがあるかもしれません。社外取締役・取締役会がその役割を十分に発揮し、また、取締役会において「審議の質」・「意思決定の質」を上げるためには、取締役会メンバーの全員が、「傾聴」・「判断(の一時)停止」を心掛けることが必要といえます。

(5)「対話」における「多様性」の重要性

 「コーポレートガバナンス・コード」(以下「CGコード」といいます。)は、以下のとおり、取締役会メンバーの「知識・経験・能力」のバランスや、「ジェンダーや国際性、職歴、年齢の面」を含む多様性を求めています。

CGコード
【原則411.取締役会・監査役会の実効性確保のための前提条件】
取締役会は、その役割・責務を実効的に果たすための知識・経験・能力を全体としてバランス良く備え、ジェンダーや国際性、職歴、年齢の面を含む多様性と適正規模を両立させる形で構成されるべきである。

 「多様性」においては、「表層のダイバーシティ」(人種や宗教、国籍といった、目に見えやすい人々の違い)のほか、「深層のダイバーシティ」(考え方、価値観、習慣、志向性、スキルといった人間の「内面」の違い)[6]を確保することが重要です(図3参照)。

  <図3:多様性がない状態・ある状態のイメージ>

                 「○」は各人の考え方、価値観、習慣、志向性、スキルを示している。
          (マシュー・サイド著『多様性の科学』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2021年6月)を参考に筆者作成)

 同じ発想の人々が集まっても、同じような意見しか出ず、その結果、大きな見落としが生じたり、誰も気が付かないまま、とんでもない方向に向かうおそれもあります[7]。市場環境の変化が著しく、また、多様なニーズがある現代社会においては、多様な視点がないと、誤った意思決定を行うリスクが高まります。適切な意思決定の確度を上げるために、多様な意見のやりとりや知の交流が重要であることは論を俟たないところです[8]
 前掲『取締役会の改革 効果的なボードをつくるには』でも、「最高の経営者でもその会社あるいはその業界での経験や知識しか持たないために戦略面での視野狭窄に悩むことがある。そこで取締役会がより幅広い視点と新鮮な目で同じ課題に取り組むことによって、的確な疑問を持ち、様々な状況を経て蓄積されてきた個々人の洞察を生かすことができるのが理想である」として、取締役会メンバー間の多様な視点の重要性を説いています。
 また、三瓶裕喜氏(アストナリング・アドバイザーLLC代表)は、次のように指摘していますが[9]、真に「根本のWhy」を追求できるようになるためにも、多様性は重要です。

 日本企業が〔中略〕実は一番説明していないのはWhyだと思うのです。海外の会社はこれを言うんですよ。これを言うから、多少その達成が遅れても理解されるというか、ここに大きな差があります。日本企業がWhyを言わないのはおそらくですけど、ダイバーシティがないからです。同じバックグラウンドの人たちで議論すると大体話は分かっているので、根本のWhyを追求しないで物事が進んでしまうということなのですね。なので、本当の意味でダイバーシティ&インクルージョンというのは、今まで同じ釜の飯を食ってきた多数の社内人材のところに少しだけ社外人材を入れれば良いんじゃなくて、そもそも違う発想になるぐらいたくさんの違う視点、違う発想を入れるつもりでインクルージョンを考えないといけないだろうと思います。

(「その6」に続く)


[1] 露木恵美子編著『共に働くことの意味を問い直す―職場の現象学入門―』(白桃書房、20226月)p.50

[2] 中原淳他著『ダイアローグ 対話する組織』(ダイヤモンド社、20092月)p.92

[3] 田村次朗他著『リーダーシップを鍛える「対話学」のすゝめ』(東京書籍、20212月)p.138139

[4] 前掲『共に働くことの意味を問い直す―職場の現象学入門』p.516778138

[5] 以下のような見解も示されていますが、「自分を白紙」にすること、「自分の意見や判断を保留」し、「意見や判断を横に置」くことは、「判断(の一時)停止」を意味しているといえます。
 ・よく「聴く」ためには、聴き手は一度、自分を白紙にしなければなりません。(泉谷閑示著『あなたの人生が変わる対話術』(講談社、20172月)p.65
 ・自分の意見や判断を保留し、相手の語りに意識を向け直すことで、じっくりと話を聴いていきます。頭のなかに意見や判断が生まれてきた際は、「今こういうことを思っているのだな」といったように、まずは自分の状態に気づくようにします。そしてその意見や判断を横に置いたうえで、相手が語っていることに集中し直します。〔中略〕先入観を交えずに丁寧に聴いていると、語っている本人も、自分が語ることをきちんと受け止めてもらえていると感じます。それは、さらに深いところに至るための不可欠なステップとなります。(井庭崇他著『対話のことば オープンダイアローグに学ぶ問題解消のための対話の心得』(丸善出版、20187月)p.15

[6] 中原淳著『「対話と決断」で成果を生む 話し合いの作法』(PHP研究所、20228月)p.72

[7] 松田千恵子著『サスティナブル経営とコーポレートガバナンスの進化』(日経BP202112月)p.9

[8] なお、松田千恵子著「ボード・ダイバーシティは投資意思決定に影響を与えるか?」『異文化経営研究』第17号(https://www.ibunkakeiei.com/s-board/data/f615_00.pdf)によると、女性の社外取締役の割合、女性の業務執行を担う社内役員の割合のいずれも高いほど、株価評価が有意に高まることが示されており、また、取締役会メンバーの年齢差が大きいほど、取締役会の最年少メンバーの年齢が若いほど、企業業績、株価評価とも向上する傾向が示されています。

[9] 武井一浩編著『コーポレートガバナンス・コードの実践(第3版)』(日経BP20218月)p.436-438

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