2023.05.08

シリーズ“法学と経営学の交錯” 
企業価値向上に貢献するガバナンスの在り方
~「対話型ガバナンス」のすすめ~
(その3)

のぞみ総合法律事務所
弁護士 吉 田 桂 公
MBA(経営修士)
CIA(公認内部監査人)
CFE(公認不正検査士)

 

3 取締役会における「審議の質」の課題と「対話」の意義・効果

(1)取締役会における「審議の質」に関する課題

 「その1」と「その2」で取締役会及び社外取締役の役割について整理を行いましたが、取締役会及び社外取締役がその役割を十分に発揮できていないことが、企業価値の向上につながらない原因の一つになっているものと推察されます。
 では、取締役会及び社外取締役がその役割を十分に発揮するには、取締役会の在り方はどうあるべきなのでしょうか。
 ここで、企業価値の向上を実現するには、少なくとも、取締役会において、経営戦略等の経営上の重要事項に関する意思決定の高い質を確保することが必要であるといえます。
 しかし、株式会社東京証券取引所 委託調査「上場企業のコーポレートガバナンスの取組と効果に関する調査」調査結果報告書(202111月)[1](以下「東証報告書」といいます。)によると、コーポレートガバナンス改革の取組みの結果として、「中期経営計画等の戦略、リスクテイク/マネジメントなどに関する『審議の質の向上』の成果・効果の割合は高くない」との評価がなされており、「中期経営計画等の戦略、リスクテイク/マネジメントなど」の経営上の重要事項に関する取締役会の「審議の質」[2]に課題を有している企業が少なくありません。独立社外取締役の選任・機能発揮に関する取組みの結果、実現した成果・効果の具体的な内容としても、「取締役会における中期経営計画等の戦略の審議の質の向上」は27.2%、「取締役会におけるリスクテイク/リスクマネジメントの審議の質の向上」は30.4%にすぎず、独立社外取締役を導入したにもかかわらず、取締役会における「審議の質」に課題を有している企業が多く見られます。
 当然、「審議の質」は「意思決定の質」に影響します。「審議の質」が高まらなければ、「意思決定の質」も高まらず、企業価値の向上にもつながらないといえます。
 では、取締役会における「審議の質」・「意思決定の質」を上げるには、どのような取組みを行えばよいのでしょうか。そのヒントになるのが「対話」です。

(2)「対話」の意義―「伝達」「議論」から「対話」へ

 ア はじめに

 ここでは、取締役会という「場」[3]における「審議の質」・「意思決定の質」の課題の解決策の軸となる「対話」の意義・効果について分析します。
 まず、「対話」の概念について、「対話」と対比される「伝達」と「議論」の概念との違いを踏まえて、説明します。

 イ 「伝達」とは何か

 「伝達」とは、いわゆる「導管型コミュニケーション」であり、送り手から受け手に情報を移動させることをいいます[4]。そこでは、「意味や目的意識の共通理解よりも、送り手から受け手へのメッセージの正確な移動を重視」し、「送り手から受け手へ情報をいかに早く、正確に移動するかが目的」とされ、「聞き手の共感や行動・考え方の変化を引き出したかどうかが問われることはない」とされています[5]
 例えば、取締役会における個別案件に関する担当取締役からの報告事項は、「伝達」が用いられる場面といえます。前記のとおり、経営上の重要事項に関する「審議の質」に課題を有している企業が少なくありませんが、「伝達」ばかりで、取締役会メンバー間での意見のやりとりや知の交流が乏しければ、「審議の質」は上がらないと考えられます。
 「伝達」は、「対話」を行う際に必要となる情報を収集する手段としては有効ですが、それにとどまるといえます。

 ウ 「議論」とは何か

 次に、「議論」[6]とは、「勝者がすべてを得る競争の中で考えを互いにぶつけ合うこと」であり、「議論」の基本となる点は「ゲームに勝つこと」です[8]
 すなわち、「議論」は、「どちらの意見が勝つか負けるかを争う」ものであり[9]、“A”という意見と“B”という意見がある場合に、“A or B”のいずれを選択するかを決めることをいいます。
 例えば、取締役会で最終的に決議をする場面では、当該議案について賛否を決しないといけないため、「議論」が必要となるといえます。しかし、それは最終局面であり、そこに至る過程は「議論」という言葉では表しきれず、そこでは「対話」が重要となります。

 エ 「対話」とは何か

 「伝達」と「議論」に対して、「対話」とは、「チームのメンバーが、前提を保留して本当の意味で『共に考える』」ことをいい[10]、「議論」と異なり、「対話では勝利を得ようとする者はいない」「人々は互いに戦うのではなく、『ともに』戦っている」「新たなものを一緒に創造するということだ」[11]と評されています。
 「対話」とは、「経験」の場を提供してくれる機会であり、他者の話を聴くことによって、「知らなかったことを疑似的に『経験』」したり、「考えも及ばなかったことについて、考えさせられたりする」ようになり、「双方が新たなステージにたどり着く」ことができます[12]
 すなわち、「対話」は、「話し合うことによって双方が変化し、どちらか一人だけではたどり着けなかった次元の認識に、ともに到達する行為」であり[13]、「対話」では、“A”という考えから“Aという考え、また、“B”という考えから“Bという考えにたどり着いたり、さらには、それらから新たな“C”という考えが生まれることもあります(これは、イノベーション(新結合)といえます。)。ケネス・J・ガーゲン他著『ダイアローグ・マネジメント 対話が生み出す強い組織』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、201511月)p.58は、参加者の会話が「どこか新たなところに行く」生成的な対話には、「学び」があり、「クリエイティビティ(創造性)」があると指摘していますが、「対話」の参加者は、「共同思考」により「共同創造」を行うといえます。田村次朗他著『リーダーシップを鍛える「対話学」のすゝめ』(東京書籍、20212月)p.99100は、次のように、「対話」が「決断」の質(すなわち、「意思決定の質」)を決めると述べていますが、「共同思考」による「共同創造」が「意思決定の質」を高めるといえます。

「決断」の質を決めるカギになるのは、意思決定プロセスにおいて「対話」が十分に機能したかどうかである。「3人寄れば文殊の知恵」という諺があるが、個人よりも集団で行う意思決定のほうが、より良いものになる可能性は大きい。このような考え方を「グループダイナミクス(「集団力学」)」という。〔中略〕一般に「グループダイナミクス」という言葉は、「組織や集団における人間の行動や思考が、その組織や集団から影響を受けると同時に、組織や集団に対しても影響を与える」という意味で使われる。〔中略〕組織内での意思決定において「対話」が機能した場合に「グループダイナミクス」が作用して、創造性の高い選択肢と解決策が用意され、より良い決断がなされると考える。

 以上のとおり、「対話」を経ることで、より良い「議論」(審議、意思決定)につながる(それらの質を高める)といえ、「対話」は「議論」の土台として重要といえます。

 オ 「理解する」ことと「同意する」ことの区別

 なお、「理解する」ことと「同意する」ことは区別すべきですが、この区別がついていないがために、「同意」したくない場合には、「理解」しようとする作業をも放棄してしまうことがあります[14]。それでは「対話」は妨げられてしまいます。
 前掲『ダイアローグ―対立から共生へ、議論から対話へ』p.79は、「自分たちの意見の意味がすべてわかれば、完全な同意には達しなくても、共通の内容を分かち合うようになる。〔中略〕あらゆる意見を理解できれば、別の方向へもっと創造的に動けるかもしれない」と述べていますが、他者の考えや意見に「同意」できなくても、それを「理解する」ことで、「共同創造」につながります。取締役会メンバーは、「理解する」ことと「同意する」ことの違いを意識する必要があります。

(「その4」に続く)


[1] https://www.jpx.co.jp/news/1020/nlsgeu00000605j9-att/nlsgeu00000605sq.pdf

[2] なお、東証報告書では「審議の質」の定義は不明ですが、「質」が「内容。中身。価値。」を意味することから(広辞苑(第7版))、多様な視点での深い内容の審議が行われているか否かが問われているものと思われます。

[3] 露木恵美子編著『共に働くことの意味を問い直す―職場の現象学入門―』(白桃書房、20226月)p.39によると、「『場』には、人と人との関係性が含まれ」、「『感情』や『感覚』が入って」おり、「『場』は、物理的な入れ物や条件だけを意味するのではなく、感情や感覚や関係性に大きく依存して」います。

このように、「場」は人と人との関係性で成り立っており、したがって、取締役会という「場」は、取締役会メンバー同士の関係性で成り立っているといえます。そして、「場」においては、言葉でやりとりを行う「言語的コミュニケーション」のほか、「言葉にならない、言葉になる手前の感覚」、「五感を使って身体で感じている感覚」のやりとりという「情動的コミュニケーション」も働いています(同p.4042)。

[4] 中原淳他著『ダイアローグ 対話する組織』(ダイヤモンド社、20092月)p.3233は、「情報を有形のモノとして捉え、情報の送り手と受け手の間にパイプのような流通経路があり、そのパイプにポンと情報を投げ込めばそのまま受け手に内容が伝わる、といったコミュニケーション観」を「導管メタファー」と呼んでいます。

[5] 前掲『ダイアローグ 対話する組織』p.354546

[6] なお、discussion(議論)は、percussion(打楽器)やconcussion(振動)と同じ語源であり、「打つ、打ち砕く」を意味します。

[7] ピーター・M・センゲ著『学習する組織―システム思考で未来を想像する』(英治出版、20116月)p.44

[8] デヴィッド・ボーム著『ダイアローグ―対立から共生へ、議論から対話へ』(英治出版、200710月)p.45

[9] 泉谷閑示著『あなたの人生が変わる対話術』(講談社、20172月)p.43

[10] 前掲『学習する組織―システム思考で未来を想像する』p.44

[11] 前掲『ダイアローグ―対立から共生へ、議論から対話へ』p.454638

[12] 前掲『あなたの人生が変わる対話術』p.3749

[13] 前掲『あなたの人生が変わる対話術』p.162

[14] 前掲『あなたの人生が変わる対話術』p.70

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