2023.04.26

シリーズ“法学と経営学の交錯” 
企業価値向上に貢献するガバナンスの在り方
~「対話型ガバナンス」のすすめ~
(その1)

のぞみ総合法律事務所
弁護士 吉 田 桂 公
MBA(経営修士)
CIA(公認内部監査人)
CFE(公認不正検査士)

1 はじめに

 筆者は、弁護士業の傍ら、大学院(中央大学ビジネススクール)で経営学を学び、MBA(経営修士)課程を修了しましたが、ビジネスの世界では、法学と経営学が交錯する場面があり、これを描き出すことは、実務的価値があると考えます。
 そこで、「シリーズ“法学と経営学の交錯”」と題し、今後、のぞみニュースレターで随時発信していきたいと思います。
 最初のテーマは、「企業価値向上に貢献するガバナンスの在り方~『対話型ガバナンス』のすすめ~」です(今回から数回に分けて、発信する予定です。)。
 昨今、コーポレートガバナンス改革が進み、例えば、2名以上の独立社外取締役を選任する上場会社は、全上場会社(3770社)の85.4%(プライム市場の上場会社(1837社)では99.2%)にのぼり(20227月現在)[1]、その割合は年々増加しています。
 しかし、現状では、プライム市場の約半数、スタンダード市場の約6割の上場会社がROE8%未満、PBR1倍割れという、資本収益性や成長性に課題がある状況となっています[2]。また、社外取締役の導入についても、「企業価値との間に有意な関係が見られないとしているものが多く、評価は定まっていない」[3]との見解が示されるなど、現状では、社外取締役が企業価値の向上に明確に貢献しているとは言い難い状況です。
 こうした状況を踏まえ、企業価値向上に貢献するガバナンスの在り方について、取締役会における役員間の「対話」を軸とした筆者の見解を紹介したいと思います。
 表題にある「対話型ガバナンス」とは、「『多様性』と『心理的安全性』に富んだ取締役会という『場』における『対話』による相互作用」を意味する、筆者の造語ですが、これを実現するために企業が取り組むべき事項も提示したいと思います。

2 取締役会及び社外取締役の役割
 まず、取締役会及び社外取締役の役割について、以下、整理します。

(1)取締役会の役割

ア 取締役会の類型

 取締役会の類型として、一般に、「マネジメント・ボード(マネジメント・モデル)」、「モニタリング・ボード(モニタリング・モデル)」及び「アドバイザリー・ボード(アドバイザリー・モデル)」の3つがあると言われています[4]

・ マネジメント・ボード(マネジメント・モデル):業務執行の意思決定機能を重視する取締役会
・ モニタリング・ボード(モニタリング・モデル):業務執行者に対する監督機能を重視する取締役会
・ アドバイザリー・ボード(アドバイザリー・モデル):マネジメント・ボードとモニタリング・ボードの中間に位置するもので、業務執行者に対する助言機能を重視する取締役会

 ここで、「監督機能」は、「経営陣が策定し、取締役会が決定した経営の基本方針や戦略に照らして、指名・報酬の決定を通じた経営の是非の判断やパフォーマンスの評価を行うこと」(経営評価機能)が中核となります[5] [6]

「助言機能」については、経営上の重要事項に関する助言のほか、個別の業務執行(個別案件)に対して助言を行うことも含まれるとする考えがあります[7]

イ 取締役会の役割

 モニタリング・ボードは、1990年代以降、世界的に受容されており[8]、欧米においては、モニタリング機能に重点を置いたガバナンス体制が採用されています[9]
 日本でも、以下のとおり、モニタリング・ボードを推進する論調が強いといえます(ただし、モニタリング・ボードでも、意思決定機能や助言機能を完全に否定するものではなく、監督機能と意思決定機能・助言機能は、「主従」の関係にあるというべきであると考えます。)。

・ 日本取締役協会提言p.2:「社外取締役・取締役会の主たる職務は、経営(業務執行)の意思決定ではなく、経営者(業務執行者)の『監督』である」
・ 一般社団法人日本取締役協会「独立社外取締役の行動ガイドラインレポート2~『稼ぐ力』の再興に向けて」(20206月)[10]p.9:ガバナンスの目的は「企業の低成長や不祥事、特にわが国において特徴的に散見される『不作為の罪による成長不足』により悪影響を受けるステークホルダーの利益を守るため、企業の『執行』を担う経営陣(とりわけCEO)を『監督』して規律付けをすることにある」
・ コーポレートガバナンス・コード(20216月)[11](以下「CGコード」といいます。)「原則46.経営の監督と執行」:「上場会社は、取締役会による独立かつ客観的な経営の監督の実効性を確保すべく、業務の執行には携わらない、業務の執行と一定の距離を置く取締役の活用について検討すべきである」
・ CGSガイドラインp.16:「どのようなガバナンス体制を選択するか、ガバナンスをどのように経営に活かすかは、企業にとって競争戦略の軸の一つであり、企業が主体的に選択すべきものであるが、企業によってはモニタリング機能に重点を置いたガバナンス体制への移行を検討することは有益である」   
                                          (下線部筆者)

 モニタリング・ボードを推進する見解は、(特にVUCA[12]時代と呼ばれる昨今)経営陣に迅速かつ柔軟な業務執行を行わせつつ、業務執行から独立した取締役会が経営陣を監督して経営の透明性を確保することで[13]、いわゆる「攻め」と「守り」の両方を確保することの重要性を説いています。また、取締役会が自ら業務執行の意思決定に関与すると、それに対する公正かつ客観的な監督はできないことから(いわゆる「お手盛り」)、それを避けるために、モニタリング・ボードを採用することが望ましいとする見解もあります[14]
 しかし、企業統治の在り方は、各企業の規模・特性等によりさまざまで、一律に決められるものではないと思います。CGコード「補充原則41①」は、「取締役会は、取締役会自身として何を判断・決定し、何を経営陣に委ねるのかに関連して、経営陣に対する委任の範囲を明確に定め、その概要を開示すべきである」としていますが、重要なのは、各企業が、その規模・特性等に鑑み、取締役会にいかなる役割を期待し、コーポレートガバナンスの在り方についてなぜそのような選択をしたのかを、株主や投資家等に明確に説明することであると考えます。
 なお、このような説明責任を果たすことは、社外取締役に期待する役割について、社外取締役との間で明確な共通認識を持つためにも重要であると思います。

(2)社外取締役の役割

ア 「監督」と「助言」

 CGコードは、「原則47.独立社外取締役の役割・責務」で以下のように規定しており、社外取締役に求められる主たる役割として、「監督」と「助言」を挙げています。

CGコード

【原則47.独立社外取締役の役割・責務】
上場会社は、独立社外取締役には、特に以下の役割・責務を果たすことが期待されることに留意しつつ、その有効な活用を図るべきである。
(ⅰ)経営の方針や経営改善について、自らの知見に基づき、会社の持続的な成長を促し中長期的な企業価値の向上を図る、との観点からの助言を行うこと
(ⅱ)経営陣幹部の選解任その他の取締役会の重要な意思決定を通じ、経営の監督を行うこと
(ⅲ)会社と経営陣・支配株主等との間の利益相反を監督すること
(ⅳ)経営陣・支配株主から独立した立場で、少数株主をはじめとするステークホルダーの意見を取締役会に適切に反映させること

(下線部筆者)

 この点、社外取締役の主たる機能を「助言」とすることについては、否定的な見解が多く、例えば、日本取締役協会提言p.2は、「社外取締役・取締役会の主たる職務は、経営(業務執行)の意思決定ではなく、経営者(業務執行者)の『監督』である」、経済産業省「社外取締役の在り方に関する実務指針(社外取締役ガイドライン)」[15]p.14は、「社外取締役の最も重要な役割は、経営の監督である」と明示しています。取締役会の役割としてモニタリング・ボードを志向する見解が多い中、社外取締役の役割としても「監督」に重きを置く見解が多いといえます。
 ただし、前記のとおり、各企業は、その規模・特性等に鑑み、取締役会にいかなる役割を期待し、コーポレートガバナンスの在り方についてなぜそのような選択をしたのかを、株主や投資家等に明確に説明することが重要であるところ、これは、取締役会の構成員である社外取締役の役割についても同様であると考えます。すなわち、取締役会に期待する役割を明確化した上で、社外取締役に期待する役割を具体化すること、それを踏まえて社外取締役を適切に選任し、その役割について社外取締役と認識を共有すること、また、その役割期待を株主や投資家等に説明することが重要です[16]

(「その2」に続く)


[1] 株式会社東京証券取引所「東証上場会社における独立社外取締役の選任状況及び指名委員会・報酬委員会の設置状況」(202283日)(https://www.jpx.co.jp/equities/listing/ind-executive/nlsgeu000005va0p-att/nlsgeu000006jzi1.pdfp.5

[2] 株式会社東京証券取引所「資本コストや株価を意識した経営の実現に向けた対応について」(2023331日)(https://www.jpx.co.jp/news/1020/cg27su000000427f-att/cg27su00000042a2.pdfp.1

[3] 金融庁・スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議(第27回)・資料22022516日)(https://www.fsa.go.jp/singi/follow-up/siryou/20220516/02.pdf)p.7

[4] 松田千恵子著『サステナブル経営とコーポレートガバナンスの進化』(日経BP202112月)p.39144

[5] 経済産業省「コーポレート・ガバナンス・システムに関する実務指針(CGSガイドライン)」(https://www.meti.go.jp/policy/economy/keiei_innovation/keizaihousei/pdf/cgs/guideline2022.pdf。以下「CGSガイドライン」といいます。)p.10

[6] 一般社団法人日本取締役協会「社外取締役・取締役会に期待される役割について(提言)」(20143月)(https://www.jacd.jp/news/opinion/140307_01report.pdf。以下「日本取締役協会提言」といいます。)は、これをより具体化し、「『監督』の中核は、経営者が策定した経営戦略・計画に照らして、その成果が妥当であったかを検証し、最終的には現在の経営者に経営を委ねることの是非について判断することである」、「具体的には、()経営者に対して経営戦略・計画について説明を求め、(ⅱ)経営戦略・計画が株主の立場から是認できないものでないかを検討する。()そして経営の成果について、経営者から説明を求める(ⅳ)上記から、経営者を評価し、最終的には現在の経営者に経営を委ねることの是非について判断する」としています(同p.2)。

[7] CGSガイドラインp.56参照。

[8] 宍戸善一・後藤元編著『コーポレート・ガバナンス改革の提言企業価値向上・経済活性化への道筋』(商事法務、201612月)p.223

[9] CGSガイドラインp.15・脚注24

[10] https://www.jacd.jp/news/opinion/200610_01report.pdf

[11] https://www.jpx.co.jp/equities/listing/cg/tvdivq0000008jdy-att/nlsgeu000005lnul.pdf

[12] V(Volatility:変動性)、UUncertainty:不確実性)、CComplexity:複雑性)、AAmbiguity:曖昧性)の頭文字をとった造語で、先行きが不透明で将来の予測が困難な状態を指します。

[13] 中村直人・倉橋雄作著『コーポレートガバナンス・コードの読み方・考え方〔第3版〕』(商事法務、20219月)p.141参照。

[14] 前掲『サステナブル経営とコーポレートガバナンスの進化』p.83

[15] https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200731004/20200731004-1.pdf

[16] なお、株主総会参考書類や事業報告において、社外取締役に期待する役割の概要を記述する必要があります(会社法施行規則第74条第4項第3号、第74条の34項第3号、第124条第4号ホ)。

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