2023.11.20

自己株式取得の全体像と実務上の留意点

のぞみ総合法律事務所
弁護士  川西 風人

1.はじめに

 自己株式の取得は、株主還元策として、また、ROE(自己資本利益率)の上昇や政策保有株式の縮減に応じる形での取得など、様々な目的で実施されます。
 コーポレートガバナンス・コード(以下「CGコード」といいます。)が導入された2015年以降、外国機関投資家の株式市場への資金流入が進んだことにも起因して、上記のような目的での自己株式取得は増加傾向にあり[1]、今後も、上場会社の重要な資本政策として、このような自己株式の取得は継続することが見込まれます。
 そこで、本稿においては、自己株式取得の全体像の理解を深めるべく、自己株式取得の目的及び手続について概観した上、自己株式取得の各手法の特徴・留意点等を検討し、最後に自己株式取得に適用のある財源規制[2]について説明します。

 

2.自己株式取得の目的

 自己株式取得は、発行済み株式数の減少に伴い1株当たりの価値が増すことで株価上昇につながることから、剰余金の配当と同様、株主還元策の1つとして実施されます。
 また、自己株式の取得により自己資本が減少し、ROE(自己資本利益率)が上昇することで投資家へのアピールにもなることから、このような財務数値改善の目的で実施されることもあります。
 さらに、東京証券取引所(以下「東証」といいます。)の各市場区分における上場維持基準として定められている流通株式比率や流通株式時価総額の基準を満たすために、自己株式の取得が行われることもあります。これらの流動性に関する指標は、流通株式数やその比率が増加することで上昇する関係[3]にありますが、流通株式数の算定からは主要株主や法人大株主の所有株式が控除対象とされているため、主要株主などから自己株式を取得した上で、従業員持株会へ処分することにより流通株式化したり、消却により流通株式比率の数値を改善させるといった取組みが行われています。CGコードでは政策保有株式の縮減に関する方針等の開示が求められており(CGコード原則1-4)、また、議決権行使助言会社においても一定以上の保有比率の場合には取締役の選任議案への反対推奨がなされるなど、政策保有株式の売却を推し進める流れにあることから、自己株式取得の提案を受けた主要株主なども真摯に検討することが必要です。
 そのほか、自己株式取得が実質的に大株主のEXITの手段として用いられることもあります。本来、特定の株主から株式を取得する場合、株主総会における特別決議が必要となりますが(会社法160条1項、309条2項2号)、公開買付け価格を低く設定した自社株公開買付け(ディスカウントTOB)や迅速な投資判断が求められる市場内立会時間外取引であるToSTNeT-3を利用して、特定の大株主が保有する株式の取得がなされることもあります。

 

3.自己株式取得の方法

 (1)概要

 上場会社が自己株式を取得するための方法としては、大きく以下の3つの手法に分けられます[4]

①市場取引(市場内立会内取引と市場内立会外取引)
②自社株公開買付け(金融商品取引法(以下「金商法」といいます。)27条の22の2)
③特定の株主からの相対取得(会社法160条1項)

 もっとも、③特定の株主からの相対取得には、前記2のとおり株主総会の特別決議が必要とされており、取得に時間もかかることから、通常あまり用いられることはありません。
 そのため、上場会社による自己株式取得の一般的な方法は、①市場取引と②自社株公開買付け(以下合わせて「市場取引等」といいます。)であるといえます。このうち、①市場取引については、(i)市場内立会内取引と(ii)自己株式取得に特化した市場内立会外取引である自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)が多く用いられています。

 (2)取得枠の設定

 市場取引等のいずれの方法においても、いわゆる取得枠として、原則、株主総会の普通決議により、①取得する株式の数、②株式を取得するのと引換えに交付する金銭等の内容及びその総数、③株式を取得することができる期間(1年以内)を定めなければなりません(会社法156条1項、309条1項)。
 もっとも、取締役会設置会社においては、市場取引等により自己株式を取得することを取締役会の決議によって定めることができる旨を定款で定めることにより、株主総会決議を経ずに、取締役会決議のみにより市場取引等を実施することができます(会社法165条2項、3項)。また、会計監査人設置会社であり、取締役の任期が1年を超えないなど一定の要件を満たす会社については、特定の株主からの取得以外の場合の自己株式の取得枠について取締役会が定めることができる旨を定款で定めることができるとされており(会社法459条1項1号)、多くの上場会社でこれらの定款規定が置かれています。

 

4.各方法の特徴・留意点

 (1)市場内立会内取引

 市場内立会内取引は、売主を特定の相手方に限定せず、立会市場において売付注文に対して買付けを行うものです。
 手続的負担は比較的軽く、株価水準・市場動向等を考慮しながら買付けを行うことができるという点でメリットがあり、売却を希望する特定の大株主等の存在を前提にしない場合に主に用いられる手法といえます。
 他方、取得には時間がかかり、市場動向によっては想定していた数量の買付けができないこともある点がデメリットといえます。
 また、自己株式取得の際にもインサイダー取引規制(金商法166条1項)は適用されることから[5]、自己株式取得の際に未公表の業務提携などのインサイダー情報が生じていると、公表されるまで基本的に取得ができないこととなります。上記のとおり、市場内立会内取引においては自己株式取得に一定の期間を要するため、その間にインサイダー情報が生じることも多く、その管理や対応は煩雑です。
 そこで、実務上は、金融庁と証券取引等監視委員会が策定した「インサイダー取引規制に関するQ&A」[6](最終改訂:2019年7月29日)を参考にして、信託銀行や証券会社との間で、自己株式の取得を一任する信託契約又は投資一任契約を締結するという方法で、インサイダー取引規制への違反を回避するという方法が用いられることが多いです。

 (2)自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)

 自己株式立会外買付取引(ToSTNeT-3)は、東京証券取引所の立会外取引の一つであり、買方を発行会社に限定した自己株式取得専用の取引です。
 ToSTNeT-3を利用する場合、買付日の前営業日に東証に届出を行い、当該届出に基づき東証から取引価格(原則として前日終値)その他の必要事項が発表されます。売付注文の発注者は、買付日の午前8時から午前8時45分の間に売付けの申込みを行う必要があり、売付注文の数量が買付数量を超える場合には、東証の定める按分方式により配分され取引が成立します。
 ToSTNeT-3は、手続的にも簡易であり、1日で取引が終了することから、市場内立会内取引に比べても迅速に自己株式の取得ができるという点でメリットがあります。
 他方、取引価格は、前営業日の株価とされており、取引当事者の合意によって決めることはできないという点はデメリットといえます。また、売付けを行う株主にとっては東証による発表がなされてから短時間で売付けの判断を行わなければならないという時間的制約があることから、大規模な自己株式取得を行うには、売付けを希望する大株主がいることが必要です。特定の大株主から買付けすることを目的として、ToSTNeT-3が利用されることも多いところです。もっとも、売付注文数量が買付注文数量を超える場合には按分での取引成立となるため、必ずしも当該大株主が希望する数量の売却ができるわけではない点には留意が必要です。

 (3)自社株公開買付け(金商法27条の22の2)

 上場会社が上場している自己株式について市場外における買付けを行う場合、株主総会における特別決議を経て行われる特定の株主からの相対取得以外の場合には、公開買付け(自社株公開買付け)によることが必要とされています。
 自社株公開買付けには、他社株公開買付けの規制が多く準用されており、公開買付開始公告、公開買付届出書の提出、公開買付けの期間制限(20日以上60日以内)等、基本的には他社株公開買付けに準じた手続で実施されることになります(金商法27条の22の2第2項)。また、発行者自身の行う公開買付けであるため、取引の公正を確保する観点から、未公表の重要事実がある場合には公開買付届出書提出日より前に公表が必要とされるなど(同法27条の22の3第1項)、自社株公開買付け特有の規制も課されています。
 自社株公開買付けは、買付価格が決められているToSTNeT-3と異なり、公開買付価格を任意に設定できるというメリットがあります。また、自社株公開買付けは、買付価格を市場価格よりもディスカウントした価格とすることで応募に合意している特定の大株主からの取得に利用されることが多いですが、法人の大株主にとってはディスカウントされた買付価格であっても税務上のメリットを得られること等も考慮されているといわれています[7]
 他方、有価証券届出書の提出等の事務コストが大きく、ToSTNeT-3のように短期間で取引が完了しないという点がデメリットといえます。また、買付価格を市場価格よりもディスカウントした価格に設定していたとしても、公開買付期間中の株価の変動により、一般の株主が応募する可能性も否定はできず、買付予定の株式数を超える応募がなされた場合には按分比例で買付けが行われることになるため、大株主が予定していた売却ができないこともあります。

 

5.財源規制に係る実務上の留意点

 (1)財源規制の概要

 自己株式の取得には会社資産の流出が伴うことから、剰余金の配当と同様に、分配可能額による財源規制が定められており、取得対価の帳簿価額の総額は、その効力発生日における分配可能額を超えてはならないとされています(会社法461条1項2号、3号、8号)。
 分配可能額は、大要、最終事業年度末日における剰余金の額(その他利益剰余金とその他資本剰余金の合計額)を基準にして、現在における自己株式の帳簿価額を差し引くこと等により算定されます。もっとも、その具体的な算定方法は会社法及び会社計算規則に詳細に定められており、必ずしも理解が容易なものではなく、また、誤解も生じやすいものです。例えば、期中の利益を分配可能額に反映するには臨時計算書類の作成・承認が必要ですが(同条2項2号)、当然に期中の利益も取り込めると誤認して配当可能利益を超える剰余金配当などを実施したという事例は散見されるところであり、留意が必要です。
 仮に、分配可能額を超えて自己株式の取得や剰余金の配当がなされた場合、金銭の交付を受けた株主や当該行為に関する職務を行った業務執行者等は、会社に対し、連帯して、交付した対価の帳簿価額に相当する金銭を支払う義務を負うなど、厳しい責任が課せられています(会社法462条1項1号、2号、6号)[8][9]
 そのため、意図せず分配可能額を超過して自己株式取得や剰余金の配当をしてしまったということがないよう、社内ルールの整備や役職員の教育を充実させることなどが肝要といえます。

 (2)財源規制遵守に向けた取組み

 剰余金の配当や自己株式取得を行う際の手続・確認事項を規程やマニュアルとして設けている会社も多いと思われますが、分配可能額の算定に係る会社法上の規制がこれらの社内ルールに適切に反映されているかについては、定期的に確認の機会を設けることが望ましいといえます。例えば、分配可能額算定のために用いられているエクセルその他システム上の計算式などがある場合には、当該計算式が会社法上の規制を適切に反映しているかといった点も含めてチェックしておくとよいでしょう。
 また、法令に沿った社内ルールを設けていても、適切な運用がなされていないために、分配可能額規制に違反してしまうということもあります。会社法上の分配可能額の規制自体が複雑であるため、作成された社内ルール自体も複雑なものとなり、作成に関与した当初の担当者は理解しているものの、担当者が変更になった段階で引継ぎが十分になされず、理解が不十分なまま運用されるということもあります。せっかく策定した社内ルールが属人的なものとならないよう、担当者交代時の引継ぎやダブルチェックの体制等を整えることは重要といえます。
 さらに、役職員の知識の底上げも重要です。例えば、剰余金配当の際には分配可能額規制について意識していても、自己株式取得に分配可能額規制が適用されることについては具体的な認識を役職員が有していないことも必ずしも珍しくありません。担当役職員がこのような基礎的な知識を備えられるように、定期的な社内セミナーの実施等の取組みも期待されるところです。

以 上


[1] 橋本基美「ガバナンス向上を促す自己株式規制の新たな視座-東証市場再編を契機として-」商事2302号48頁(2022)

[2] 自己株式取得や剰余金配当には財源規制が適用されますが、近時においても、財源規制違反の事例や違反のおそれのあった事例は散見されるところであり、留意が必要です。

[3] 流通株式比率及び流通株式時価総額は、以下のような算定式で算定されます(松尾和廣「新市場区分移行後の上場維持基準に関する実務上の論点と対応策」商事2291号22頁図表1参照(2022))。

流通株式比率=流通株式数÷事業年度末日の上場株式数×100

流通株式時価総額=流通株式数×事業年度末日以前3ヶ月間の平均終値

[4] なお、上場会社の自己株式取得においては、いわゆるミニ公開買付けとして会社法上定められている全株主に取得の勧誘をする方法(会社法158条、159条)は用いることはできません(金商法27条の22の2第1項1号)。

[5] 上場会社等自身は「会社関係者等」には含まれませんが、実際に会社を代表して売買等を行う役員等が未公表の重要事実を知って自己株式取得を行うことが禁止されるため、上場会社等が自己株式を取得することもできなくなります(森・濱田松本法律事務所キャピタル・マーケッツ・プラクティスグループ編「上場株式取引の法務(第2版)」(中央経済社・2019)218頁)。

[6] 同Q&A(https://www.fsa.go.jp/news/30/shouken/190729insider_qa_.pdf)の応用編・問1では、以下の場合には、基本的にインサイダー取引規制に違反しないものと考えられるとされています。
(1) 信託契約又は投資一任契約の締結・変更が、当該上場会社により重要事実を知ることなく行われたものであって、
(2) ① 当該上場会社が契約締結後に注文に係る指示を行わない形の契約である場合
  又は、
   ② 当該上場会社が契約締結後に注文に係る指示を行う場合であっても、指示を行う部署が重要事実から遮断され、かつ、当該部署が重要事実を 知っている者から独立して指示を行っているなど、その時点において、重要事実に基づいて指示が行われていないと認められる場合

[7] 新木伸一ほか「自己株式取得の実務と手法選択のポイント-一括取得型(日本版ASR)も踏まえて-」資料版商事法務462号37頁(2022)

[8] 業務執行者等については、職務を行うについて注意を怠らなかったことを証明した場合には免責されます(会社法462条2項)。

[9]剰余金配当や自己株式取得の効力発生日時点では分配可能額の範囲内であったとしても、剰余金配当・自己株式取得をした日の属する事業年度にかかる計算書類について承認を受けたときに欠損が生じた場合は、当該行為を行った業務執行者は、会社に対して、連帯して、欠損額などを支払う義務を負います(会社法465条)。

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