2020.04.22

新型コロナウイルス感染症への対応③ ~社内で感染者が出た場合

のぞみ総合法律事務所
弁護士 當舎 修

1.はじめに

 昨今、新型コロナウイルスの感染拡大が続いており、感染経路を特定できないケースも増えています。このような状況下において、企業は、従業員等の感染予防だけでなく、感染者が出た場合の対応についても検討しておく必要があります。
 以下では、社内で感染者が出た場合の対応についてご説明します。

2.感染者の把握

(1)感染者把握の体制の構築

 感染者が出た場合の対応の前提として、従業員等が新型コロナウイルスに感染した場合に、それを会社が直ちに把握することができる体制を構築しておく必要があります。
 そのため、従業員等に対して毎朝の検温などを促し、発熱、咳、強い倦怠感や息苦しさなど、新型コロナウイルスの感染が疑われる症状が出た場合には、直ちに会社へ連絡するよう要請するということが考えられます。

(2)感染時の報告命令

 労働契約法第5条は、「使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする」と規定しており、判例上も、使用者は労働者に対して安全配慮義務を負うものとされています(最三小判昭和59年4月10日・民集 386557頁)。これに基づき、使用者は、安全配慮義務を履行するために必要かつ合理的な範囲で、従業員に対して、新型コロナウイルスの感染やその疑いについて報告を命じることができると考えられますが、その権限に疑義が生じることを避けるためには、就業規則等に報告命令に関する根拠規定を明記することが望ましいといえます。

3.感染者への対応

(1)出勤停止について

 感染者に対しては、直ちに出勤停止(休業)を命じる必要があります。
 この場合、本人が希望しているのであれば、出勤停止を命じるのではなく、年次有給休暇を取得させることに問題はありません。しかし、年次有給休暇は、原則として労働者の請求する時季に与えなければなりませんので(労働基準法第39条第5項本文)、会社が従業員に対して年次有給休暇の取得を強制することはできません。なお、就業規則において特別休暇の制度が定められており、かつ、会社が従業員に対して特別休暇の取得を命じることができる制度となっている場合には、その要件を満たす限りにおいて、特別休暇の取得を命じることも可能です。

(2)給与の支払について

 出勤停止を命じた場合、次に問題となるのは、出勤停止期間中の従業員に対する給与の支払です。
 労働契約は、労働者が労務を提供する債務を負い、それに対する反対給付として使用者が賃金を支払う債務を負うことを内容とする契約です。そのため、当事者双方の責めに帰することができない事由によって債務者(労働者)が労務を提供することができなくなったときは、債権者(使用者)は、反対給付である賃金の支払を拒むことができますが(民法第536条第1項)、債権者(使用者)の責めに帰すべき事由によって労務を提供することができなくなったときは、賃金を支払う必要があります(同条第2項)。
 また、労働基準法第26条は、使用者の責に帰すべき事由による休業期間について、使用者が労働者に対して休業手当(平均賃金の60%以上)を支払わなければならないと定めています。(※)
 (※)民法第536条第2項は任意規定であるのに対し、労働基準法第26条は強行規定であると考えられて
   いますので、休業に伴い使用者が支払うべき休業手当の金額を就業規則等により通常の給与額より
   減額する場合であっても、その金額は、平均賃金の60%を下回ってはならないことになります。

 なお、民法第536条第2項の「債権者の責めに帰すべき事由」と労働基準法第26条の「使用者の責に帰すべき事由」は、同様の表現が用いられていますが、その解釈は以下のとおり異なっており、前者よりも後者の方が広い(使用者にとってはハードルが高い)概念と考えられています。

民法第536条第2項の「債権者の責めに帰すべき事由」
→ 債権者の故意・過失又は信義則上これと同一視すべき事由を指す。

労働基準法第26条の「使用者の責に帰すべき事由」
→ 使用者の故意・過失、又は信義則上これと同一視すべき事由に加えて、使用者側に起因する経営、管理上の
  障害を含む(最二小判昭和62年7月17日・民集 41巻5号1283頁)。

 ここで、新型コロナウイルスに感染した従業員の給与について考えると、新型コロナウイルス感染症は、感染症の予防及び感染症の患者に対する医療に関する法律第6条第8項が定める指定感染症に指定されたため、都道府県知事が行う就業制限の対象となります。このような就業制限に基づいて従業員が休業する場合、一般的には、上記①及び②のいずれについても、使用者(債権者)の責に帰すべき事由には該当しないものと考えられますので、使用者は、休業期間中について、給与も休業手当も支払義務を負いません(なお、被用者保険に加入しており、一定の要件を満たす場合には、保険者から傷病手当金(標準報酬日額の3分の2)が支給されます。)。
 一方で、後述のとおり、新型コロナウイルスに感染した従業員以外の従業員に対し、濃厚接触者であることや事業場閉鎖を理由に出勤停止を命じる場合には、休業手当の支払義務が発生し得ますので、留意を要します。

4.濃厚接触者の把握等の対応

(1)周知、濃厚接触者の把握

 社内で感染者が出た場合、社内や取引先に対してその情報を周知し、当該感染者と同じ職場の者や業務上の関係があった者に対してメール等による確認を行うことで、濃厚接触者を把握する必要があります。
 なお、企業が保有する個人データについては、原則として、本人の同意を得ずに目的外に利用し、又は第三者に提供することが禁じられています(個人情報の保護に関する法律第16条第1項、第23条第1項)。この点について、感染者が出た場合の周知についても、できるだけ本人の同意を得ることが望ましいですが、感染拡大防止等のために直ちに周知を図る必要があり、同意を得ることが困難な場合には、同意を得ずに社内や取引先に周知を行うことも認められるものと考えられます(同法第16条第3項各号、第23条第1項各号)。
 令和242日付け個人情報保護委員会事務局通知でも、以下の見解が示されています。

問1.社員に新型コロナウイルス感染者と濃厚接触者が出た。社内公表する場合の注意点は何か。
(答)ご指摘のケースについて、同一事業者内での個人データの提供は「第三者提供」に該当しないため、社
  内で個人データを共有する場合には、本人の同意は必要ありません。また、仮にそれが当初特定した利用
  目的の範囲を超えていたとしても、当該事業者内での2次感染防止や事業活動の継続のために必要がある
  場合には、本人の同意を得る必要はありません。

問2.社員が新型コロナウイルスに感染し、当該社員が接触したと考えられる取引先にその旨情報提供するこ
  とを考えている。社員本人の同意を取ることが困難なのだが、提供することはできるか。
(答)当該社員の個人データを取引先に提供する場合、仮にそれが当初特定した利用目的の範囲を超えていた
  としても、取引先での2次感染防止や事業活動の継続のため、また公衆衛生の向上のため必要がある場合
  には、本人の同意は必要ありません。

(2)濃厚接触者等の処遇

 濃厚接触者又はこれに該当する疑いがある従業員については、14日間程度の在宅勤務又は休業を命じるとともに、それ以外の従業員についても、一層の感染予防を呼びかけ、感染を疑われる症状が出た場合の報告を要請すべきと考えられます。
 なお、濃厚接触者又はこれに該当する疑いがある従業員について、業務の性質上在宅勤務とすることができず休業を命じる場合に、給与又は休業手当の支払が問題となります。
 この点について、まずは会社と従業員がよく話し合う必要がありますが、具体的に感染が疑われる症状が出ていない従業員について安全配慮義務の観点から休業を命じた場合、一般的に、使用者(債権者)の故意・過失又は信義則上これと同一視すべき事由には当たらないものの、使用者側に起因する経営、管理上の障害には該当するものとして、労働基準法第26条に基づく休業手当の支払が必要になるケースが多いものと考えられます。

(3)公表

 会社には、自社の従業員に限らず、顧客、取引先など様々な人が出入りしており、これらの人を介した感染拡大を防止する必要があります。
 また、新型コロナウイルス感染症については、感染者数や感染経路が日々のニュースで取り上げられるなど、世間の関心が高く、企業の社会的責任として、感染者の発生や対応について速やかに公表することが求められます。
 企業にとって、感染者の発生を公表することは躊躇を覚えるかもしれませんが、感染者の発生を秘匿したことが後に明らかとなり、又は二次感染者が発生するなどした場合には、会社が厳しい批判に晒されるとともに、会社の信用が著しく毀損するリスクがありますので、正確な情報を速やかに発信することが望ましいものといえます。
 なお、公表する場合でも、感染者の個人情報やプライバシーの保護には十分に留意する必要があります。

(4)事業の継続

 社内で二次感染が発生することを防止するためには、従業員をできる限り在宅勤務させるなどの対応をとることが望ましいといえます。
 その際、濃厚接触者の出勤停止等により、通常の業務の継続が困難となる場合には、重要業務として優先的に継続させる製品・商品及びサービスや関連する業務を選定し、人員や物的資源を当該重要業務に集中的に投入することを検討する必要があります。実際に感染者が発生する前に、感染者が発生した場合の業務フローや人員配置等についてマニュアル等を作成しておくと、混乱せず迅速に対応することができます。
 なお、食品産業事業者等に関する農林水産省のガイドラインや、建設業者等に関する国土交通省の通知など、業種ごとに対応方法を周知している場合がありますので、行政機関等が発信する最新の情報を把握しておくことも大切です。

(参考)
・ 厚生労働省ウェブサイト「新型コロナウイルスに関するQ&A(企業の方向け)」
  https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/kenkou_iryou/dengue_fever_qa_00007.html
・ 令和242日付け個人情報保護委員会事務局通知
  https://www.ppc.go.jp/files/pdf/200402_1.pdf
  https://www.ppc.go.jp/files/pdf/200402_2.pdf
・ 農林水産省ウェブサイト「新型コロナウイルス感染者発生時の対応・業務継続に関するガイドライン」
  https://www.maff.go.jp/j/saigai/n_coronavirus/ncv_guideline.html
・ 令和2225日国土入企第52号「施工中の工事における新型コロナウイルス感染症の罹患に伴う対応につ
  いて」
  https://www.mlit.go.jp/common/001331042.pdf

以上

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