2021.04.30

プロバイダ責任制限法の改正法成立

のぞみ総合法律事務所
弁護士 安田 栄哲

 2021年4月21日、国会において、特定電気通信役務提供者の損害賠償責任の制限及び発信者情報の開示に関する法律(いわゆる「プロバイダ責任制限法」です。)が成立しました。これは、SNS等インターネットを利用した偽名や匿名による誹謗中傷が増加する中で、他者の名誉・信用等を毀損する書込みに関する発信者情報の開示請求について、迅速かつ適正な解決を図り、発信者情報の開示請求に係る新たな手続を創設すること等を目的とするものです。
 以下では、当該改正内容について概説いたします。ご不明な点やご質問等がございましたら、お問い合わせフォーム(https://www.nozomisogo.gr.jp/contact)までご連絡ください。

1 改正前プロバイダ責任制限法の課題

 改正前プロバイダ責任制限法には、以下のような課題がありました。

  •  発信者の特定のため、以下の裁判手続を経なければならないこと

⇒ 誹謗中傷等の権利侵害を受けた被害者は、まず、発信者情報開示命令仮処分を申し立て、SNSや掲示板の運営会社(「コンテンツプロバイダ」と呼ばれます[1]。)にIPアドレス等のアクセス情報の開示を請求し、その後、開示されたIPアドレス等によって特定された通信事業者(「アクセスプロバイダ」と呼ばれます[2]。以下では、コンテンツプロバイダとアクセスプロバイダをあわせて「開示関係役務提供者」といいます。)に対して、契約者の発信者情報(氏名・住所等)の開示を求めて通常訴訟の勝訴判決を得る必要がありました(なお、格安スマートフォン等、アクセスプロバイダにMVNOが関与している場合には、さらに開示手続が必要です。)。
 また、アクセスプロバイダにおいて保有されている発信者情報は、多くの場合、訴訟係属中であっても一定期間を経ると消去されてしまうことから、訴訟提起に先立ち、発信者情報消去禁止の仮処分を申し立てる必要もありました。

  •  発信者の特定までに長期を要すること

⇒ IPアドレス等は保存期間が短いため、IPアドレス等の開示については、審理期間が短い仮処分によることができましたが、契約者情報の開示については、通常訴訟によらねばならず、被害者が発信者を特定するまで1年近く要する事態となっていました。

  •  コンテンツプロバイダが権利侵害時(投稿時)の発信者情報を有していない場合、その前段階のログイン時の情報が発信者情報となるか明確でなかったこと

⇒ 従来、発信者情報は、原則として権利侵害となる書込みを行った際(投稿時)の発信者情報をいい、その内容は氏名や住所に限定されていました。
 また、SNSを提供するコンテンツプロバイダには、ログイン時の発信者情報は保有するものの、投稿時の発信者情報を保有していない事業者が多く、その場合、権利侵害行為直前のログイン時の発信者情報の開示を求めることになります。しかし、投稿時ではなくログイン時の情報が開示の対象となるかについて、裁判例では、ログイン時と投稿時の時間的間隔が短い場合には肯定される傾向にあり、そうでない場合には否定される等、結論が分かれていました。

2 改正法の概要

 そこで、上記のような課題を解決し、誹謗中傷等による権利侵害について円滑な被害者救済を図り、発信者情報開示について新たな裁判手続(非訟手続)を創設するなどの制度見直しを目的として、プロバイダ責任制限法の一部が改正されることとなりました(以下「改正法」といい、以下の条文は改正後のものを指しています。)。

(1)発信者情報の開示範囲の拡大

 本改正により、発信者情報の定義に、氏名や住所のほか、新たに「その他の侵害情報の発信者の特定に資する情報であって総務省令で定めるもの」が追加され(第2条第6号)、一定の場合(ログイン時の情報以外に発信者情報を有していない、投稿時の情報のみでは発信者を特定することができない場合等)において、SNS等へのログイン時の情報が開示対象に含まれることになると考えられます(第5条第1項第1号から第3号)。

(2)発信者情報の開示命令の申立てについて

 本改正により、①裁判所は、被害者から発信者情報の開示を請求する旨の申立てを受け、開示関係役務提供者に対し、決定で発信者情報の開示を命じることができることとされました(第8条)。この手続は、これまでの仮処分や通常訴訟とは異なる非訟手続であり、改正法は、当該手続に関する裁判管轄や手続内容を定めています(第9条から第14条)。決定をする場合には当事者の意見を聴く必要があります(第11条第3項)
 また、②発信者情報が特定できなくなることを防止するため必要と認められ、発信者情報の開示命令の申立てを受けた開示関係役務提供者が、当該申立てにおいて対象とされている書込みに関係する別の開示関係役務提供者の氏名や住所を特定できる場合、申立人の申立てを受けて、当該氏名等の情報を申立人に提供することを命じることができるとされています(第15条第1項)。
 上記の改正により、被害者(申立人)がコンテンツプロバイダに発信者情報開示命令の申立てを行い(上記①)、当該コンテンツプロバイダがアクセスプロバイダを特定できる場合には、さらに当該申立人の申立てにより、裁判所は、当該コンテンツプロバイダにアクセスプロバイダの情報を開示するよう命じることができます(上記②)。そして、申立人は、当該アクセスプロバイダに開示命令の申立てを行うこととなります。
 なお、当該命令の申立てについての決定に不服のある当事者は、1か月以内に異議の訴えを提起することができるとされています(第14条第1項)。

(3)消去禁止命令について

 従来、被害者は、発信者情報の消去を防止するため、消去禁止の仮処分等を申し立てる必要がありました。しかし、本改正により、発信者情報が特定できなくなることを防止するため必要と認められ、かつ、発信者情報の開示命令の申立てを行った申立人が申立てを行った場合、裁判所は、開示関係役務提供者に対し、発信者情報開示命令の申立てが終了するまで(上記(2)の異議の訴えが提起された場合には当該訴訟が終了するまで)、発信者情報の消去禁止を命じることができるとされています(第16条第1項)。
 なお、開示関係役務提供者は、当該消去禁止の命令に対して、即時抗告をすることができるとされています。

(4)発信者に対する意見照会に関する改正

 従来、開示関係役務提供者は、被害者から発信者情報の開示請求を受けた場合、発信者に開示の可否について意見を求めることとされていました。
 本改正により、開示関係役務提供者は、開示の可否のほか、発信者が開示に応じない旨の意見を述べた場合、その理由もあわせて確認しなければならないとされました(第6条第1項)。なお、開示関係役務提供者は、上記(2)の発信者情報の開示命令を受けたときは、開示に応じない旨述べた発信者に開示命令を受けた旨通知しなければなりません(同条第2項)。

 改正法は公布の日から1年6月以内に施行するとされています(附則第1条)。公布日は2021年4月28日とされていますので、改正法は来年の秋頃までに施行される見込みです。

以上


[1] コンテンツプロバイダとは、デジタル情報を提供する事業者をいい、主にインターネット検索サービス、掲示板やSNS等を運営する事業者等が挙げられます。

[2] アクセスプロバイダとは、インターネット接続サービスを提供する事業者をいい、主に携帯電話会社やインターネット通信会社等が挙げられます。

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