2023.06.06

シリーズ“法学と経営学の交錯” 
企業価値向上に貢献するガバナンスの在り方
~「対話型ガバナンス」のすすめ~
(その7)

のぞみ総合法律事務所
弁護士 吉 田 桂 公
MBA(経営修士)
CIA(公認内部監査人)
CFE(公認不正検査士)

※ 「その6」では、「対話」における「心理的安全性」の重要性等について考察しましたが、「その7」では、「対話型ガバナンス」の具体的な取組み等について解説します。

 
4 「対話型ガバナンス」とその具体的な取組み

(1)「対話型ガバナンス」について

 これまで述べてきたとおり、企業価値を向上させるためには、「中期経営計画等の戦略、リスクテイク/マネジメントなど」の経営上の重要事項について、取締役会で質の高い「審議」・「意思決定」(「議論」)を行う必要があり、その「審議」・「意思決定」の土台として、社外取締役を含む取締役会メンバー間の多様な視点による、心理的安全性が確保された状況下での「対話」を活性化させることが重要となります。
 すなわち、「『多様性』と『心理的安全性』に富んだ取締役会という『場』における『対話』による相互作用」(筆者はこれを「対話型ガバナンス」と呼びます)を発揮することが、取締役会における「審議の質」・「意思決定の質」を高め、企業価値の向上に貢献するといえます。

(2)「対話型ガバナンス」の具体的取組み

ア 社外取締役に求められる資質・社外取締役の選任基準の明確化

 「その1」で記載したとおり、企業は、社外取締役に期待する役割を具体化して、その役割について社外取締役と認識を共有すること、その役割期待を株主や投資家等に説明することが重要です。
 しかし、社外取締役ガイドライン・「参考資料2 社外取締役に関するアンケート調査結果」[1]によると、企業側が社外取締役に期待する役割と、社外取締役が企業から期待されていると認識している役割との間にズレが確認でき(例えば、企業側が社外取締役に「経営の監督」を期待している企業において、「どちらかと言えば経営の監督」及び「経営の監督」を期待していると認識している社外取締役は約半数にとどまっています)、企業側と社外取締役の間で役割期待に関するコミュニケーションが不足し、「企業の実効的ガバナンス実現に向けた議論の障害になってしまう可能性を示している」との評価もなされています[2]
 デーヴィッドA.ナドラー他著『取締役会の改革―効果的なボードをつくるには』(春秋社、20077月)p.17は、「取締役会のリーダーは、自分達の行う採用活動のガイドラインとなり、なおかつ集合的な経験知、スキル、個人的属性に恵まれて効果的に働き、協働する取締役会を結成するために、望ましい人物像を明確に打ち出すことが何よりも必要である」と指摘していますが、企業は、社外取締役に求められる資質・社外取締役の選任基準を、その理由とともに明確化して、対外的に示し、また、社外取締役とその認識を共有することが必要です。
 なお、武井一浩編著『コーポレートガバナンス・コードの実践(第3版)』(日経BP20218月)p.403の中で、井口譲二氏(ニッセイアセットマネジメント株式会社チーフ・コーポレート・ガバナンス・オフィサー執行役員統括部長)は、「私にとっての理想的なスキル・マトリックスの策定プロセスは、まずは、経営戦略が最初にあり、その戦略を取締役会が監督するために必要なスキルを特定すること、そして、スキル・マトリックスの策定過程で足りないと思ったスキルについては、指名委員会で議論し、次回の取締役候補者の選任に活かす、というものです」と述べていますが、経営戦略等を踏まえて、社外取締役に求められる資質・社外取締役の選任基準を示すことは重要です。

イ 「対話型ガバナンス」を機能させるための「場」の設定

(ア)はじめに

 取締役会メンバーの「場」を設定しても、それだけで「対話型ガバナンス」が機能するものではなく、人と人との関係性からなる「場」が文化や風土として組織に定着するには相応の時間を要します。「場になる」(「そこで働く人たちの関係性が変わって、新しい意味が生まれてくること」をいい、「そこで生まれた新しい意味」とは、「その職場で働く意味や、その職場のビジョンや目的・目標などが、そこで働く人たちに共通のものになっていること」をいいます)ために、「『多様性』や『心理的安全性』や『対話』が重要だという必要条件」はあっても、それらがあるだけでは「良い場」にはなりません[4]
 しかし、「場づくり」なくして、「良い場」は生まれないことから、企業の取組みとして、まず取締役会メンバーの「場」を設けることが重要です。
 「場」の設定としては、以下のとおり、取締役会内で行うものと、取締役会外で行うものがあります。

(イ)取締役会内での「場」の設定

a 取締役会内での「場」の設定の例示

 取締役会内での「場」の設定の取組みとして、例えば、以下が考えられます。

① 自由に「対話」ができる時間の設定
② 座席配置等の工夫

b 上記①について

 社外取締役ガイドライン・「参考資料1 社外取締役の声」(20207月)(以下「経産省「社外取締役の声」」といいます。)[5]では、「取締役会で取り上げて欲しい議題を社外取締役が提案しやすくなるよう、また、日頃気になっていることを言えるよう、取締役会でノンアジェンダの時間を取ることとした」(同p.31)との事例が挙げられています。
 また、金融庁・スチュワードシップ・コード及びコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議(第27回)・資料42022516日)[6]では、「全取締役と全監査役で結論を出すことを目的としない討議形式のフリーディスカッションを開催」(同p.16)との事例が挙げられています。
 さらに、前掲『取締役会の改革―効果的なボードをつくるには』p.151は、「どんな会議でも、ときにはあらかじめ検討課題として予定しなかったがその場で自然発生的に始まった議論が最も価値があったなどということはよくあることなので、幾分かの時間は自由に、非公式にそれぞれの思っていることを話せるような時間をとっておくことも大切だ」と述べています。
 このように、取締役会内において、ノンアジェンダの時間を設けるなど、自由に「対話」ができる時間を設定することは、取締役会で取り上げて欲しい議題を提案しやすくなったり、また、日頃気になっていることを発言し合うことで、問題意識の共有などコミュニケーションの充実が図られるといった点で、取締役会メンバー間の「対話」を促進することが期待でき、有益です。

c 上記②について

 経産省「社外取締役の声」では、「社内取締役がテーブルの一方に並び、もう片方に社外取締役が並ぶというスタイルだと、フォーマルになってしまうので、自由席にしている。できれば社内取締役と社外取締役がごちゃごちゃに座るのが望ましい。また、テーブルを円卓にすると、みんなの顔が見えるので発言しやすい」(同p.29)、「部屋を小さくし、テーブルはラウンドテーブルに変え、参加人数も減らした。座席は、社外取締役と社内取締役とをミックスさせ、定期的に席替えを行うようにした。これは本当に効果が大きく、元々議論は活発だったものの、ラウンドテーブル導入後は全然違うレベルになった」(同p.29)、「取締役会を活性化するためには、まず人数を少人数にしたうえで、テーブルが大きいと活発な意見は出ないので、まさにラウンドテーブルにすることが効果的だ」(同p.29)、「取締役会の席順を、議長以外は毎回くじ引きで変更している。正面や両隣の顔ぶれが変わることにより活性化の効果がある」(同p.29)との事例が挙げられています。
 このように、取締役会の座席を自由席とする(社内役員と社外役員が混ざって座る)、また、ラウンドテーブルを用いる(一方側に社内役員、他方側に社外役員が並ぶような対立形式にしない)[7]といった座席配置とすることは、取締役会メンバー間で、(対立構造や上下関係の意識がなくなり)水平・協調関係の意識になり、取締役会における「対話」が活性化するとの点で、有益です。

(「その8」に続く)


[1] https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200731004/20200731004-3.pdf

[2] 河谷善夫著「社外取締役をどう活かすか(3)~社外取締役の意識からみた課題~」『第一生命経済研究所 ビジネス環境レポート』20221017日号p.4https://www.dlri.co.jp/files/ld/205870.pdf)。

[3]その3」脚注3参照。

[4] 露木恵美子編著『共に働くことの意味を問い直す―職場の現象学入門―』(白桃書房、20226月)p.135

[5] https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200731004/20200731004-2.pdf

[6] https://www.fsa.go.jp/singi/follow-up/siryou/20220516/04.pdf

[7] デヴィッド・ボーム著『ダイアローグ―対立から共生へ、議論から対話へ』(英治出版、200710月)p.59は、「対話の基本的な考え方は、人々が輪になって座るということだろう。そうした幾何学的な並び方だと、誰かが特に有利になることはない」と述べています。

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