2018.08.16

中国弁護士に聞く 中国における贈収賄リスクへの対応策 ~日本本社と中国子会社との連携のありかたとは~

執筆者:アクトチャイナ株式会社 代表取締役
中国弁護士 伊藤 ひなた

質問者:のぞみ総合法律事務所 弁護士・ニューヨーク州弁護士 結城 大輔
弁護士 竹本 綾世

1 はじめに

中国における贈収賄リスクへの対応の必要性が指摘され始めて久しいですが、いまだ十分な対応を取ることができていないと感じる企業も少なくないのではないでしょうか。なかなか対応が進まない場合、その理由は各社様々だと思いますが、一つには、中国では官民を問わず、様々な仲介行為に謝礼を支払う慣例が、ビジネス上も色濃く残っている部分があることが挙げられます。このような事情があることから、中国子会社の協力を得ることが困難であったり、日本本社としてもどこまで厳しい対応を取るのか判断に迷ったりという声を多く聞くところです。また、言葉の壁もある中、日本側のリソース不足が原因で取組みが進まないということもよくあるケースです。

そこで本稿では、中国弁護士であり、またアクトチャイナ株式会社の代表取締役として多くの日本企業の中国におけるコンプライアンスのサポート事業を行っておられる伊藤ひなた弁護士に、結城・竹本が日常的にクライアントからぶつけられる中国贈収賄リスク対応に関する疑問をお聞きしていきます。

2 日本本社と中国子会社との役割分担

日本企業も中国子会社のコンプライアンス体制構築の必要性は認識していて、依頼者と話していても、コンプライアンスに関する取組みを進めようとする動きを強く感じます。一方で、例えば日本本社が取組みを進めようとしても中国子会社から「日本本社のコンプライアンスの取組みは中国の取引実態にそぐわない。中国国内の事情は自分たちが一番分かっており、適宜対応している。」ということを言われ、なかなか取組みが進まないという例もよくあるようです。このようなケースにおいて、中国子会社も必要に応じて現地の弁護士と連携して対応をしていて、かつこれまで特段のコンプライアンス違反事例も生じていないということですと、日本本社のコンプライアンス担当者としては、どこまで踏み込んで対応していくべきか悩ましく感じるわけですが、コンプライアンスの取組みについてはどこまで中国子会社に任せて良いものなのでしょうか。

一般論として、中国国内の事情について、中国子会社が精通していることには間違いないのですが、中国子会社が自身の利益を追求するあまり日本本社の意向をないがしろにすることがあっては本末転倒です。また、中国の法環境や法律制度は日本とは大きく異なっており、中国子会社の独自の判断が中国の法令に則ったものであるという保証はありません。

日本本社は、中国子会社の内部統制を適切に整備する責務を負っておりますので、中国子会社が中国の法令を遵守しているか否かを把握し、定期的に中国子会社に対して日本本社として方針を発信して行かなければなりません。中国子会社に任せたままにすれば、中国子会社が日本本社のコンプライアンス方針から逸脱したり、軽率な判断で重大な法的リスクを冒したりするおそれがあり、ひいては会社に損害を与えることにも繋がりかねません。

日本本社としては、重要性が低く迅速な対応が求められる事項なのであれば、中国子会社の裁量に委ねても問題がないでしょうが、重要性の高い事項、例えば就業規則の制定、一定金額以上の契約の締結、競合他社との接触、中国の法令の解釈などについては、常に日本本社の判断を仰ぐように中国子会社に指導すべきであると思われます。具体的には、社内規程で日本本社の決裁が必要な事項を明確に規定し、当該事項に該当する場合には日本本社法務部等に報告し、日本本社の決裁を求める等の手続をとらせることが有効です。

やはり日本本社によるグリップが重要ですね。一方、もう少し取組みが進んだ会社の場合、社内規程(例:接待交際規程)を作るところまでは日本本社としてもリソースを投入して完了したという段階にあることも多いと思われます。しかし、社内規程の作成までで止まってしまい、その後はなかなか手が回らず、規程の運用についてチェックしきれていないのが現状という声もよく耳にします。

各種社内規程は日本本社が作成したものの、作成後に規程の運用状況を継続的に監督していかなければ、規程が形骸化してしまうおそれがあります。そこで、例えば年に1~2回の頻度で中国子会社を視察し、各種社内規程が正しく運用されたか否かを精査し、問題があった場合には即時に是正させるように指導することが重要かと思われます。また、社内規程は制定された後も、法律の制定改廃や社会情勢の変化等により改訂が必要になることがありますので、日本本社としては、定期的に見直しを行い、現在の法律等に準拠した内容にしていく必要もありますので、日本本社としては、各種社内規程の内容について、継続的に関与・指導していくことが求められます。

3 日本本社による監査について

社内規程の運用状況のチェックに限らず、日本本社による中国子会社の監査はコンプライアンス上重要なことだと思いますが、日本企業が中国子会社を監査(監査役監査・内部監査)する際に留意すべき点としてはどのような点があるでしょうか。

中国は日本とは法律や文化が大きく異なる国であり、例えば、日本と比べて コンプライアンスを軽視しがちな社会風潮や、従業員が会社全体の利益よりも 個人的な利益を優先する傾向にある点が挙げられます。このような相違点を踏 まえますと、日本本社が主導しての、内部統制の整備は日本以上に重要である と評価でき、日本本社が実施する中国子会社の視察の際には、資料の精査、関 係者に対するインタビューの実施、弁護士の起用等の多様な方法を状況に応じ て組み合わせ、綿密に調査を実施し、問題点を漏れなく把握することが望まし いように思われます。

内部監査において外部弁護士まで起用する例はまだ多くはないかもしれませんが、一つの先進的な取組みと思います。外部弁護士を起用するか否かにかかわらず、監査役や内部監査部門が定期的に中国子会社を監査しているという企業は多くありますが、監査役や内部監査部門の監査とは別に、法務コンプライアンス部門として贈賄に関する監査を実施する必要性はどれほどあるのでしょうか。予算確保の関係上、法務コンプライアンス部門による独自監査は日本企業にとってはハードルが高いようにも思います。

内部監査部門が定期的に中国子会社を監査している状況においても、中国子会社が贈収賄に関与している可能性に関しては、別途、監査を行うことをお勧めいたします。中国子会社に対する内部監査は財務、人事、労務、通関等の様々な方面に亘って行われるものですが、一つの分野に与えられる時間が限られており、贈収賄のような重要な分野であっても、時間の制約上、表面的な調査に留まってしまうおそれがあります。中国法実務上、贈収賄は、特に慎重な対応が要請される分野であり、万が一、法令に違反することになれば、中国子会社の存続にも関わる問題に発展しかねません。このような重大性に鑑みれば、日本本社の法務コンプライアンス部門主導で、贈収賄に関しては、別途の監査を行うことが望ましいと考えています。

4 社内規程の具体的な内容について

社内規程を作る時に具体的に悩む条項としては,贈答の際の金額基準が挙げられると思います。中国の法令上、贈答は社会的儀礼の範囲内であれば許されると理解していますし、ビジネスの実情を考えても一定の贈答は避けられないことから、社内規程でも一定の範囲では贈答を許す内容とすることが多いと思います。
では、社内規程において贈答の際の金額基準は定めておくべきなのでしょうか。金額を定めておかないと、子会社としても運用しづらい状況となってしまいますが、一方で、北京・上海と地方都市では物価も大幅に違います。当局から金額基準は明示されていないため、具体的な額を定めるのは難しくもあります。

公務員に対する贈答品は、200元(約3400円)未満を目安とする規定もありますが、提供行為が一度に留まるものであり、金額が当該目安以内の金額であるのであれば問題はないように思われます。ただし、現在の中国では物価が上昇しているため、場所によっては200元未満の贈答品が想定し難いという状況にあります。

現在の規制状況を踏まえるならば、贈答品の額が200元を超えたからといって、直ちに法的責任を問われるものではありませんが、あまり高額な物品を贈答品としたり、低額な贈答品であっても日常的にこれを提供することは摘発されるリスクを高めることにも繋がるかと存じます。このような状況を踏まえ、実務上、現地の物価水準や周囲の企業の対応を十分に考慮し、妥当な金額を判断していくといった対応が必要になるものと思われます。また、一旦、判断した基準を遵守させるよう、金額に応じて社内の決済手続を定めておくこともお勧めいたします。

5 近時特に注意すべきリスクについて

【キックバック】

多くの大企業が、子会社、特に中国を含む海外子会社において、役員・職員が取引先と結託してリベートやキックバックを受けたり、違法な横 領・着服行為をしたりすることに悩んでいます。発見するのは非常に難し い類型の不正だと思いますが、予防・早期発見のための取組みに何かよい 工夫はないでしょうか。

役員・職員が取引先と意思を通じて行う不祥事に対しては、主に以下の対策が考えられます。まず、不当なリベートやキックバックの温床となり得る制度の隙間を作らないよう、経費精算、現預金管理、販売管理、金銭不祥事防止・対策等の内部規程を充実し、整備させることが重要かと存じます。次に、日本本社主導での監査を定期的に行い、不正を早期に発見し、根絶できるような体制を構築することが重要です。さらに、現地役員・職員に対して、コンプライアンス自己検査シートを配布し、記載させる他、法律講座・研修会を開催し、地道に法的啓発活動を行うことも重要といえます。

【現政権の姿勢】

習近平体制となって腐敗防止について極めて厳しい対応が取られていると聞きますが、実際のところはどうなのでしょうか。また、政権が腐敗防止に厳しい対応を取っている中でも、いまだに行政機関から賄賂を求められるということもあるという認識で正しいのでしょうか。
習近平体制が腐敗防止について極めて厳しい対応を取っているという点、行 政機関の担当者が賄賂を要求する事例がいまだに見受けられる点の、いずれも ご理解のとおりです。習近平体制下の中国政府は、今日に至るまで、腐敗防止 について非常に厳しい対応をとり続けています。このような対応を受けて、行 政機関の担当者が賄賂を要求する事例は、習近平体制以前と比較すると相当程度減ったと評価できますが、全く無くなったという状況でもありません。一旦、 行政機関の担当者からの要求に応じて、賄賂を提供してしまえば、贈賄を行っ た役員・職員個人だけでなく、その個人が所属する企業についても、厳しく責 任を追及される可能性があります。行政機関の担当者から賄賂を求められた場 合には、当該担当者のメンツを潰さないように細心の注意を払いつつも、毅然 とした態度で断るべきです。
やはり今もそのような慣習が色濃く残っているのですね。中国においては、対公務員の行為だけでなく、民間企業同士の行為も規制対象である等広範な行為が規制対象になっていますが、規制対象の中でも特に注意すべき行為や場面はあるでしょうか。

中国法令の執行状況として、公務員による収賄・公務員に対する贈賄が依然として取締りの重点ですが、非公務員のみが当事者となる贈収賄事件も調査件数が増加傾向にある点が指摘できます。これまで、公務員が当事者となる贈収賄事件が主に耳目を集めていましたが、非公務員間の贈収賄についても、調査件数が増加している傾向にあることを踏まえますと、軽視すべきではありません。

また、中国子会社の運営との関係では、税関手続(通関手続や税率計算等)が問題の生じやすい分野として挙げられ、問題解決のために一時しのぎで贈賄を行うような事例も散見されます。中国政府も、当然、このような状況を認識しており、税関手続関係の贈収賄を重点的に調査・摘発する傾向にありますので、十分に注意が必要です。

6 おわりに(質問者の所感を含め)

中国における贈収賄リスクへの対応が必要なことは異論のないところですが、限られたリソースと取組みの優先順位の中で実効性ある取組みを推進していくためには、子会社と緊密な連携をとることが必要不可欠です。日本本社からの指示でやらされているのではなく、中国子会社が当該リスクへの対応は自己の身を守るために必須であり、自社自身の問題であることを理解する必要があります。そのような共通理解の構築という地ならしを行ったうえで、日本本社が関与すべき部分については日本本社がイニシアチブをとって取組みを行う必要があります。伊藤先生のご回答の中でも、日本本社の関与が必要な部分をきちんと切り分け、当該部分については子会社任せにしないという強い姿勢を持つことの必要性を指摘される箇所が多くあったことは印象的でした。

伊藤先生のご回答を総合すると、具体的な取組みとしては「必要十分な 社内規程の制定・改訂」、「定期的な研修」、「定期監査」が取組みの1セッ トと言えるかと思います。まずは自社の現在地を確認し、優先順位を明確 にしたうえで行うことが肝要です。また、すべての取組みにおいて外部の 専門家を起用することはコスト的にも難しい点はありますが、例えば、社内規程のレビューや初回の監査への関与など起用場面を選別したうえで、 弁護士の助けを借りることも有効です。

さらに、中国政府の動向や法令の改定へのアンテナも高く持っておくことも重要であることも考慮すると、日本本社としては中国贈収賄リスクへの対応を一過性のものとすることは不適切であり、継続した取組みが必須であると言えます。

回答者略歴

伊藤 ひなた(いとう ひなた) 中国弁護士
アクトチャイナ(株)代表取締役社長。北京大学法学部卒、2006 年中国弁護士登録。 日本及び中国を拠点に、日本企業の中国進出・事業再編・撤退、危機管理・不祥事対
応、労務紛争など中国法業務全般に携わる。法律事務所を経て、2011 年に中国ビジネ ス法務を専門とするアクトチャイナ(株)を設立し、現在に至る(会社ウェブサイト http://www.actchina.co.jp)。

(連絡先)
アクトチャイナ(株)
〒160-0023 東京都新宿区西新宿 8-13-11 N.F.ビル 3 階

質問者略歴

結城 大輔(ゆうき だいすけ) 
弁護士・ニューヨーク州弁護士・公認不正検査士
1996 年東京大学法学部卒業,1998 年弁護士登録,のぞみ総合法律事務所パートナー。 2000~2002 年日本銀行出向,2008~2009 年韓国ソウルの法律事務所に出向,2010 年 米国 University of Southern California(LL.M.)修了,2010~2013 年米国ロサンゼル ス・ニューヨークの法律事務所に出向,2012 年ニューヨーク州弁護士登録,2013 年の ぞみ総合法律事務所復帰。2015 年公認不正検査士登録。

企業法務・コンプライアンス部門の支援,不祥事対応,危機管理,社内・第三者委員会 調査,内部通報対応,エンターテインメント・スポーツ・IT ビジネスの支援,米国訴訟 対応・当局捜査対応,韓国関連法務,その他海外企業との取引や紛争,海外子会社管理 等を主に取り扱う。

(連絡先)
のぞみ総合法律事務所
〒102-0083 東京都千代田区麹町 3-2 ヒューリック麹町ビル 8 階 電話(直通) 03-3221-2400

竹本 綾世(たけもと あやせ)弁護士
2010年慶應義塾大学大学院法務研究科修了。2011年弁護士登録。2012年~2016年国内精密機器メーカー法務部勤務。社内規程策定,社内研修など海外子会社を含むグループコンプライアンスに関する業務等を担当。2016年~のぞみ総合法律事務所。「役員責任追及訴訟に学ぶ現場対応策―業界別・場面別役員が知っておきたい法的責任」共著(経済法令研究会2014年)


2017524日。
株式会社インテグレックスの運営する「ホットプレス」掲載

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