2023.06.27

シリーズ“法学と経営学の交錯” 
企業価値向上に貢献するガバナンスの在り方
~「対話型ガバナンス」のすすめ~
(その9)

のぞみ総合法律事務所
弁護士 吉 田 桂 公
MBA(経営修士)
CIA(公認内部監査人)
CFE(公認不正検査士)

※ 「その9」では、「その8」に続き、「対話型ガバナンス」の具体的な取組み等について解説します。

4 「対話型ガバナンス」とその具体的な取組み

(2)「対話型ガバナンス」の具体的取組み

 ウ 企業価値向上のための取締役会における「対話」の内容及び「対話」時間確保の取組み 

 (ア)取締役会における「対話」の内容

a 経営上の重要事項に関する「対話」不足の実態

 社外取締役ガイドライン・「参考資料2 社外取締役に関するアンケート調査結果」[1]によると、取締役会における一議題あたりの所要時間は平均19分で、1つの議題に30分を超える時間をかけている企業は10%にすぎません(同【図表29】)。そして、取締役会において、質疑応答・議論に割かれる時間は4割程度しかなく(同【図表30】)、長期の経営戦略に関する時間は年間で1時間程度、中期の経営戦略・経営計画に関する時間は年間で3時間程度にとどまっています(同【図表32】)。この事実から、取締役会においては、個別の案件に関する報告・説明に時間を取られ、中長期の経営戦略等の経営上の重要事項に関する審議に十分な時間が割かれていないとの実態があることがわかります。
 このような状況では、社外取締役が、「監督」(支援的監督、牽制的監督)や「助言」(支援的助言、牽制的助言)の役割・責任を実効的に果たすことは難しいといえます。

b 会社経営における本質的な事項に関する「対話」

 取締役会における「対話」が企業価値の向上に寄与するには、「パーパス」を究極の目標として、それを実現するために、次のような会社経営における本質的な事項[2]について、「対話」を行うことが必要であると考えます。そして、これらの事項は、「執行サイドから言い出しにく」かったり、また、「日常的な問題で頭がいっぱいになりがちな執行部が見落と」すこともあると思われます[3]。そのような場合は、社外取締役が率先して取り上げ、それらに関する「対話」を促すべきといえます。

・ PESTLE分析[4]等を踏まえた外部環境等の状況    
・ 中長期の経営戦略
・ 業績に影響を及ぼす重要取引(重要なM&A案件等)
・ 事業の撤退、事業ポートフォリオの見直しに関わる事項
・ 経営に関わる根本枠組みであるROI[5]等の基準に関する事項
・ ガバナンスの在り方
・ 企業風土、パーパスに関わる事項
・ コンプライアンス・リスク管理の在り方
・ 誰も触れようとしない暗黙の経営課題(Elephant in the room

 なお、取締役会メンバー間の関係性が十分に構築されていない中で、いきなりこうした本質事項について「対話」を行うことは難しいかもしれません。そのため、自由に「対話」ができる時間の設定(「その7」参照)やインフォーマルな「場」の設定、役員合宿(「その8」参照)等によるコミュニケーションの強化や信頼関係の醸成が重要であると考えます。

 (イ)取締役会における「対話」時間確保の取組み

 上記のような経営の本質事項について「対話」を行うには、取締役会において相応の時間を確保する必要があります。そのために、①社外取締役に議案等の事前説明を行い、取締役会では、「対話」に集中できるようにする、②軽微な案件については執行側の決定に任せ、取締役会に報告・付議する議案等を(会社法に反しない範囲で)一定程度重要なものにする、といった取組みが考えられます。
 上記①について、社外取締役ガイドライン・「参考資料1 社外取締役の声」(20207月)(以下「経産省「社外取締役の声」」といいます。)[6]では、「情報は事前にメール等で流してもらい、取締役会では議論に注力するようにしている」(同p.19)との事例が挙げられています。議案等の説明を事前に行うことは、取締役会における「伝達」にかかる時間を減らすことになり、「対話」に集中できるため、有益です。
 また、上記②について、経産省「社外取締役の声」では、「取締役会の議題を絞り込み、小さな議題に時間を費やすのではなく、より重要なことに時間を割くように働きかけた」(同p.20)、「軽微な人事案件や業務案件については、取締役会付議事項から除外し、戦略課題に関する議論を強化してもらった」(同p.21)との事例が挙げられています。(会社法上、取締役会で決議しなければならない事項もありますが[7]、これに反しない範囲で)取締役会に報告・付議する議案等を一定程度重要なものにすれば[8]、それに関する「対話」の時間は確保しやすくなるといえます。

 エ 有効な「対話」のための取組み姿勢

 (ア)「対話」に臨む姿勢

    有効な「対話」を行うため、取締役会メンバーは、以下のような姿勢で「対話」に臨む必要があります[9]

① 傾聴する、判断(の一時)停止[10]を行う
② 真摯な質問を行う、建設的な問題提起を行う
③ (相手を打ち負かそうとする敵対的なムードではなく)友好的なムードを保つ
④ (意見や考え方の優劣を決めようとするのではなく)それぞれの意見や考え方の差異を尊重し受け入れる、他者の意見を変えようとしない
⑤ 一方的な主張の押し付けをしない
⑥ (「一般的には・・・」「業界的には・・・」といった三人称的な視座から見解を述べたり、主語なしで話すのではなく)「私」を前面に出した一人称的な視座から語る
⑦ 常に「パーパス」(本質、目的)を意識し、(部分最適にならないように)全体を俯瞰する
⑧ 「場」をコントロールしようとしない

 (イ)各取組み姿勢の重要性・有益性

a 上記①について

 「傾聴」・「判断(の一時)停止」が重要であることは、「その5」に記載のとおりです。

b 上記②について

 泉谷閑示著『あなたの人生が変わる対話術』(講談社、20172月)p.62は、「質問されたということは、本人にとってあたり前になっていた感じ方や考え方が、『どうやらあたり前ではないらしい』ということになるわけで、それまで絶対的だと思っていたものが崩れて、相対化されるのです」と指摘しており、考えを新たなステージに上げるためにも、質問を行うことは重要です。
 また、ラム・チャラン著『取締役が会社の価値を高める!―競争優位を生み出すコーポレート・ガバナンス実践法―』(税務経理協会、20061月)p.202も、「戦略が地に足の着いたものかどうかを経営陣が検証する一助となることで、取締役会の真価は発揮される。やり方は、基本的な質問を経営陣にぶつけ、それに対する答えをとことんまで求めることだ。CEOとして、また取締役としても成功したある人が言うように『取締役会の価値は、戦略に関して、特に警戒感を掻きたてるものについて問題提起すること』だ。問題を提起することで、それについてより深く掘り下げることができるのだ」とし、経営戦略等を掘り下げて検討するための質問や問題提起の重要性を説いています。 
 なお、特に、社外取締役が行う質問の意義について、日本弁護士連合会司法制度調査会 社外取締役ガイドライン検討チーム(編)『「社外取締役ガイドライン」の解説〔第3版〕』(商事法務、20204月)p.108は、「質問することによって、社外の人に対して合理的な説明がなされているかということによる説明責任や緊張感が生じ、それにより経営の透明性へつながり、また、一般株主の視点での経営にもつながることになるなど、重要な意味を持つものである」とし、冨山和彦他著『決定版 これがガバナンス経営だ!ストーリーで学ぶ企業統治のリアル』(東洋経済新報社、201512月)p.195は、「分からないことを経営者に対して質問することもガバナンスを効かせるための重要なポイントである。なぜならば、この『質問力』こそが、会社としてのステークホルダーに対する説明能力、アカウンタビリティーを高める鍵となるからである。言い換えれば、執行側は株主をはじめとするステークホルダーに対して説明責任を負っているものであり、独立社外取締役はこれらのステークホルダーの代表者として、取締役会に出席し、質問することこそが責務なのである」と指摘しています。このように、経営陣に説明責任(アカウンタビリティー)を果たさせるための社外取締役の責務としても、質問は重要です。

c 上記③から⑤について

 上記③から⑤は、取締役会メンバー間の「心理的安全性」を確保し、「対話」を活性化させるために重要です。
 なお、経産省「社外取締役の声」では、「『俺の会社ではこうやっていたからこの会社でもやれ』とか、『俺の会社ではこういう数字が出てきたのに、この会社では何故出てこないんだ』というような態度で接してしまうと、大変なことになってしまう。したがって、執行に対して何かを提案するときは、社長にとっても、説明する人にとっても良いことになっているかどうかを常に考え、単なる社外取締役のわがままになってしまわないように留意している」(同p.15)との意見が出ています。社外取締役は、「空気を読まない」・「予定調和を乱す」ような異論を述べることが必要な場合もありますが、受け手の受け取り方を踏まえた伝え方や、主張を押し付けるような態度をとらないことに留意することは、充実な「対話」を行う上で重要です。

d 上記⑥について

 前掲『ダイアローグ 対話する組織』p.94は、以下のように述べ、「私」を前面に出した一人称の語りが重要であると指摘しています。
 自分の意見を述べるときには、なるべく「私は~思う」「私は~したい」「私は~の経験をした」という一人称の語りを重視するとよいでしょう。私たちは多くの場合、大きな問題を議論する段になると、主語を「私」から「我々は」「一般的には」「業界的には」などにすり替えがちです。つまり、「私は」という一人称のスタイルで語らなくなるのです。〔中略〕「私」を前面に出した一人称的発話のやりとりの中で、今まで気づかなかった新たな意味が生み出され、物事の理解が深まったり、新たな視点や気づきが生まれたりする。このような状態を「対話」(ダイアローグ)と呼ぶのです。
 また、前掲『あなたの人生が変わる対話術』も、「主語を立てない」と、「○○は~である」と「陳述内容が普遍的真理になってしまう」、「主語を立てると、陳述内容があくまで一個人の主観となる」とし(同p.190)、「『私は~と思う』と述べることは、相手にも『私は~と思わない』と言える自由の余地を与えることになる」として、「自分の主観的判断をあたかも絶対的真理のように『主語なし』で述べることは、相手を束縛するおそれもあるということを、私たちは知っておく必要があるでしょう」と指摘しています(同p.25)。
 このように、「私」を前面に出した一人称的な視座から語ることは、重要です。

e 上記⑦について

 「その4」で記載したとおり、取締役会メンバーは、いったん自分の立場(役職、所掌分野)から離れ、「本質」や「目的」、そして、「パーパス」を常に意識し(常にそれらに立ち返り)、それらを踏まえた「対話」を心掛けることが必要です。

f 上記⑧について

 露木恵美子編著『共に働くことの意味を問い直す―職場の現象学入門―』(白桃書房、20226月)p.136137は、次のように述べ、「場」をコントロールしないことの重要性を説いています。
 コントロールするという事は人の意図です。人は、他人の意図を感じた瞬間に、それにコントロールされそうだと感じます。そうではなく、意図を排除して「何でもいいよ」「何が入っても大丈夫」といった身体(判断停止の状態)になると、そこに参加している人たちも自分自身の考えにこだわらなくて良くなります。〔中略〕場をコントロールしようというのは能動的な働きであり、個別のリーダーの意図です。ずっとその意図をもって場をコントロールしようと思うことは、実は場の成熟や場の活性化を阻害しています。場が育とうとしているのに、水をやっているつもりで芽を摘んでいるのです。

(「その10」に続く)


[1] https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200731004/20200731004-3.pdf

[2] 冨山和彦他著『決定版 これがガバナンス経営だ!ストーリーで学ぶ企業統治のリアル』(東洋経済新報社、201512月)p.204及び倉橋雄作著「社外取締役の実効性をいかに評価するか「対話」と「協働」のパラダイム」(旬刊商事法務2305p.3842)を参考に筆者作成。

[3] 前掲『決定版 これがガバナンス経営だ!ストーリーで学ぶ企業統治のリアル』p.204

[4] Political(政治的要因)、Economic(経済的要因)、Sociological(社会的要因)、Technological(技術的要因)、Legal(法的要因)、Environmental(環境的要因)の6つの視点からマクロ環境の分析を行うこと。

[5] Return On Investment。投資収益率。

[6] https://www.meti.go.jp/press/2020/07/20200731004/20200731004-2.pdf

[7] 会社法第362条第4項、同法第399条の134項、第5項、同法第416条各項。

[8] 「モニタリング・ボード(モニタリング・モデル)」の取締役会であれば、取締役会に報告・付議する議案等を重要事項に絞りやすくなると思います。

[9] 中原淳他著『ダイアローグ 対話する組織』(ダイヤモンド社、20092月)p.190192は、「価値観や規範についての深い相互理解をメンバー間で実現しつつも、同時に、メンバー一人ひとりが組織に隷属することなく、主体的に考え、行動していく道を探る。そのために求められるのは、『オープンなコミュニケーション』をビジネスの現場で積極的に展開していくことです」として、「『オープンなコミュニケーション』の実現とは、日常的な活動の中で、次のようなやりとりや態度を、メンバー全員が受け入れている状態だといえるでしょう」と述べ、「真剣な話し合いではあっても、相手を打ち負かそうとする敵対的なムードではなく、友好的なムードを保ち続ける」、「意見や考え方の優劣を決めようとするのではなく、一つひとつの意見や考え方の中にユニークさや斬新さを見出し、それらを尊重する」、「その一方で、意見の相違から目をそらすことなく、相手を尊重しつつも、お互いの差異を浮き彫りにし、それを受け入れる」、「『一般的には……』『業界的には……』といった三人称的な視座から見解を述べるのではなく、『私』を前面に出した一人称的な視座から、自分の経験や思いを語る」と述べており、取締役会メンバーが「対話」に臨む姿勢としても、参考になります。

[10] 「その5」参照。

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